やっと3回目です。
今回も、ショルティやジュリーニ、アバドやムーティ、デュトワやシャイーは登場しません。その一つ前の時代なのです。
あの指揮者、この指揮者と、どんどん増やしていくうちに、途方もなく多くなってしまい、当初予定していた回数(4回ぐらい)を大幅に超えてしまいそうです。
しかし、なんだかんだいって、管弦楽曲の聴き比べは楽しいのです。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)より「古城」
アンドレ・クリュイタンス
パリ音楽院管弦楽団
1964年5月10日(ライヴ)
東京文化会館大ホール
前回、クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏は、1958年なのに残念ながらモノラル録音と書いたところ、L氏よりステレオ録音があるとのご指摘を受けました。確かにこれはステレオ録音です。「古城」だけだけどね……。これだけだと、名演なのか判断がつきません。雰囲気の良い演奏であることだけは確かです。
「展覧会の絵」(ストコフスキー編)
レオポルド・ストコフスキー
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
1965年9月 ロンドン
やっとラヴェル版以外の版が登場しました。ストコフスキー版です。
「音の魔術師」の異名を持つストコフスキー(1882年-1977年)は、ラヴェルの管弦楽編曲に満足しておらず、よりスラヴ的なサウンドが必要と考え、自分で管弦楽編曲を行いました。その際、フランス的であるという理由から「テュイルリーの庭 」と「リモージュの市場」を省略しています。
【ストコフスキー版の構成】
01 プロムナード
02 グノムス
03 プロムナード
04 古城
05 プロムナード
06 卵の殻をつけた雛の踊り
07 サミュエル・ゴールデンベルクとシュムイレ
08 カタコンベ - ローマ時代の墓
09 死せる言葉による死者への呼びかけ
10 鶏の足の上に建つ小屋 - バーバ・ヤガー
11 キエフの偉大な門
2回聴きましたが、ラヴェル編ばかり聴いていたせいか、容易にこれを受け入れることができませんでした(心が狭い?)。ストコフスキー編は、「よりスラヴ的」というより、ゴージャス路線に走ったように思うのです。私にはラヴェル版がちょうどいいです。「テュイルリーの庭」や「リモージュの市場」がカットされていますし、「サミュエル・ゴールデンベルクとシュムイレ 」の次の曲が「カタコンベ」なので、聴くたびにびっくりします。
リムスキー=コルサコフ(1844年-1908年)による管弦楽編曲版があったらよかったのにと常々思います。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
セルジュ・チェリビダッケ
フェニーチェ歌劇場管弦楽団
1965年10月31日 ヴェネツィア(ライヴ)
チェリビダッケ(1912年-1996年)のライヴです。正直に言えば、このオーケストラは巧くないです。ステレオ録音ですが、今ひとつぱっとしません。昔の怪獣映画のサウンド・トラック版を聴いているような感じです。チェリビダッケの「展覧会の絵」では、後年のミュンヘン・フィルとのライヴが有名で、それを愛好する方が、もっとチェリビダッケを聴いてみたいということで、参考程度に聴くのがよろしいと思います。オケの技倆はともかくとして、解釈自体は後年より普遍的であり、遅すぎるテンポが苦手な人には聴き易いでしょうし、曲の解釈は傾聴に値するものもあります。ただ、最後まで聴くのがしんどかったので、参考盤としてあげるにとどめます。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
ヘルベルト・フォン・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1965年11月4,9日
ダーレム,イエス・キリスト教会
【お薦め】
ベルリン・フィルを指揮しての最初のカラヤン(1908年-1989年)盤です。中学生の頃、友人が所有していて、それがすごく羨ましかったので、大人になって中古LP(輸入盤)を買いました。ジャケットがすごく懐かしくて、所有する喜びを味わっております(実は一度しか聴いていない)。今回一度目はあまりよい印象を抱かなかったので、音量を上げてもう一度聴き直しました。二度目に聴いた感想を記します。
「第1プロムナード」はやや遅めのテンポ、柔らかく美しい響きです。「グノム」はイエス・キリスト教会の残響で低弦の音程がはっきり聴こえませんが、不気味な感じはよく出ています。ラストの迫力がすごいです。「第2プロムナード」は静かで落ち着い良いた感じ。木管楽器が美しいです。「古城」のアルト・サクソフォーンは控えめで、木管楽器のひとつという位置づけでしょうか、他の木管とのバランスが良好です。また、弱音の弦が美しいです。大きな呼吸の「第3プロムナード」は歩みが遅いです。「テュイルリーの庭」も遅めで繊細、ベルリン・フィルが誇る木管陣が活躍します。そして「ビドロ」ですが、ベルリン・フィルの巾広いダイナミック・レンジを発揮した演奏となっています。「第5プロムナード」は木管の清々しい響きが美しく、「卵の殻を~」はここで初めて速めのテンポを採用し、ベルリン・フィルの妙技を聴かせます。「サミュエル~」はこのオケらしく重厚で、「リモージュの広場」はこのような曲に強みを発揮するカラヤンの特長が出ています。「カタコンベ」はブラス・セクションが重厚で見事な合奏を聴かせ、「死せる言葉~」も弱音主体の美しい演奏、「バーバ・ヤガー」はベルリン・フィルらしい重厚な演奏、それに加えて「キエフの大門」は大変華やかでゴージャスな音絵巻です。曲によっては物足りなさもありますが、これほどの演奏であれば【お薦め】でしょう。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
ユージン・オーマンディ
フィラデルフィア管弦楽団
1966年4月21日&1968年6月18日
フィラデルフィア,タウン・ホール
【お薦め】
オーマンディ(1899年-1985年)も「展覧会の絵」が多い指揮者なのです。どれも手兵のフィラデルフィア管弦楽団という、華麗で色彩的な音色が身上のオーケストラを指揮した録音なのですが、オーマンディのレパートリーにふわさしい曲と言えます。
「第1プロムナード」は良いです。理想のテンポ、響きです。「グノム」も低弦の響き、鋭いリズム、その後との対比など、巧みな設計です。こういうのが聴きたかったのです。この段階で早くも【お薦め】決定。「第2プロムナード」の、のどかで落ち着いた感じも素敵です。「古城」のサクソフォーンも、良い雰囲気を醸し出しています。オケの木管群も負けてはいません。「第3プロムナード」もOKです。「テュイルリーの庭」は、物語を読んで聴かせるような優しい表現で、こういうのを語り上手というのでしょうか。同じように「卵の殻をつけた雛の踊り」も、すごく愉しいです。普通そうでいて、いろいろ工夫しています。「サミュエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」も二人の位置づけが明確、「リモージュの広場」が悪いわけがなく、「テュイルリー」「卵の殻~」よりさらに優れています。「カタコンベ」はフィラデルフィア管のブラス・セクションの見事な演奏、「死せる言葉~」もしっとりと歌い上げていますが、やはり「バーバ・ヤガー」はやってくれました。オーマンディ/フィラデルフィア管に期待するのはこのようなメリハリのある演奏なのです。「キエフの大門」についても同様です。
ただ、録音は古くなってしまったようで、やや混濁気味の音質でした。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
小澤征爾
シカゴ交響楽団
1967年7月18日
シカゴ,メディナ・テンプル
現役指揮者が初めて登場しました。小澤征爾(1935年-)32歳の時の録音です。小澤征爾は、1964年のラヴィニア音楽で音楽監督(マルティノン (1910年-1976年)の代役)を務め、それが縁でシカゴ交響楽団といくつかの録音を残したのですよね。
落ち着いた「プロムナード」で始まります。トランペットに限らず、立派な金管陣です。「グノム」は、オフマイクの録音のせいか、低弦抑え気味で、おとなしく感じます。その代わり「第2プロムナード」や「古城」はしみじみとした情感がよく出ています。「テュイルリーの庭」も遅めでしっとり、「ビドロ」は冒頭から異様な低音で、音圧圧縮のせいか、意外に盛り上がりません。「卵の殻を~」は速めで、シカゴ響の優秀な木管陣による演奏を味わえます。録音のことばかり言って申し訳ないのですが、「サミュエル~」もソフトな音と低音の膨らみが気になります。涼やかな弦による爽やかな「リモージュの市場」を経て、金管の響きが美しい「カタコンベ」、「死せる~」も美しく、「バーバ・ヤガー」「キエフの大門」は、若い小澤征爾が巨匠風の音楽を堂々と響かせます。
録音は、最強音が歪んでいるのが惜しいです。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
カレル・アンチェル
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
1968年6月3日
【お薦め】
チェコの名指揮者アンチェル(1908年-1973年) の「展覧会の絵」です。この録音が行われた1968年は、チェコスロバキアにとって大変な年で、1950年からチェコ・フィルの常任指揮者であったアンチェルはアメリカに亡命し、小澤征爾の後任としてトロント交響楽団の常任指揮者に就任したのでした。アンチェルは、最後までチェコ・フィルと演奏を続け、名演を録音してほしかったですね。この「展覧会の絵」も、アンチェルの指揮にチェコ・フィルが渾身の力演で応えていますし、この頃のチェコ・フィルの音色が良いです。
アンチェルが指揮すると、なぜかヤナーチェクのように聴こえる「プロムナード」、「グノム
」は筋肉質で、リズムが鋭いです。「第2プロムナード」は懐かしさを感じさせ、「古城」はいにしえの物語調、「テュイルリーの庭」は意外に愛らしい演奏で、「ビドロ」は一転して重々しく、低弦がギーギー、リズムを刻んでいます。「卵の殻を~」は色彩的で、木管の音色が愉しく、「サミュエル~」はやや速めでトランペットがきつそうですが、それゆえ二人の登場人物の性格描写が巧みです。鮮やかな「リモージュの市場」、「カタコンベ」は金管のバランスが良く、「バーバ・ヤガー」動・静・動の対比が素晴らしく、「キエフの大門」は迫力と同時に格調の高ささえ感じます。
録音はやや古さを感じさせるものの、それなりに鮮明です。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
サー・ジョン・プリッチャード
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
1970年7月19・22日
プリッチャード(1921年-1989年)の指揮による演奏ですが、演奏は悪くないです。演奏会に出かけ、これぐらいの「展覧会の絵」を聴ければ、満足して帰れると思います。ただ、CDとして何度も聴く演奏としてはどうでしょう。一曲一曲について特徴を上げようとしても、なかなか言葉が思いつきません。いわゆる、普通の演奏なのです。これだけ多くの「展覧会の絵」を聴くと、その演奏ならではの何かを期待したくなります。その何かが無い指揮であり、オケであり、録音でした。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
イーゴリ・マルケヴィチ
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
1973年5月14-18日
ライプツィヒ贖罪教会
【お薦め】
ベルリン・フィルとの録音が素晴らしかったマルケヴィチ(1912年-1983年)の再録音で、オーケストラは、ゲヴァントハウス管に変わります。「第1プロムナード」の足取りからして他とは格が違います。続く「グノム」の衝撃、「第2プロムナード」の美しさ、「古城」はサクソフォーンの音が大き過ぎますが、弦や木管は心がこもった演奏です。元気の良い「第3プロムナード」に、テンポの揺れが絶妙な「テュイルリーの庭」、「卵の殻を~」も色彩感が愉しいです。「サミュエル~」のトランペットがちょっと変わった音を出していて、「リモージュの市場」も冴えた響きが素晴らしく、「カタコンベ」のブラス・アンサンブルも良いです。「死せる言葉~」のほのかな明るさ、突然始まる「バーバ・ヤガー」は迫力満点、「キエフの大門」の輝かしさ、壮麗さ、木管楽器だけになったときの素朴さが素晴らしいです。打楽器の使い方が上手いですよ。
録音も優れていますし、これはムソルグスキーの「展覧会の絵(ラヴェル編)」の、そしてマルケヴィチの名演として「決定盤」クラスの演奏です。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
サー・チャールズ・マッケラス
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
1973年7月
ロンドン,オール・ハロウズ教会
【お薦め】
ヤナーチェクのオペラ(だけではないけれど)で有名なマッケラス(1925年-2010年)です。この演奏ですごいのはグランカッサで、「グノム」のズドンという強打がすごいです。「バーバ・ヤガー」では左のティンパニ、右のグランカッサというように、打楽器群を左右に振り分けているのは効果的で、「キエフの大門」も同様です。もちろん、それだけでなく他の曲もマッケラスならではの小粋な演奏が聴けますが、録音のおかげでスペクタクル路線の曲の方が、楽しく聴けます。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
エフゲニー・スヴェトラーノフ
ソ連国立交響楽団
1974年3月22日
今でも人気があり、通販サイトでは決まり文句のように「爆演」と評されてしまうスヴェトラーノフ(1928年-2002年)の「展覧会の絵」、オーケストラは、1965年から首席指揮者を務めてたソ連国立交響楽団(現ロシア国立交響楽団)です。全体に悠然としたテンポで、じっくりと腰を落ち着けて演奏したムソルグスキーという感じです。全体で36分40秒の演奏ですが「古城」が終わった時点で、10分46秒が経過しています。「テュイルリーの庭」も遅いですが、その分情緒豊かと言えます。「ビドロ」は、ソ連のオーケストラらしい重厚さを聴かせますが、やや単調かもしれません。ネタバレとなりますが、すごいのは「カタコンベ」です。えっ、こんなのアリ?と思いました。びっくりしますが、曲想から離れているように思います。この指揮者とオケであったら、「バーバ・ヤガー」と「キエフの大門」はもっとすごい演奏ができると思うのですが、肩すかしでした。なお、同オケとの1989年は入手できませんでした。聴いてみたいのはそちらの方だったのですが。
「展覧会の絵」(冨田勲編)
冨田 勲(シンセサイザー)
1974年
冨田 勲(1932年-2016年)が1975年2月に発表した「展覧会の絵」は、1975年8月16日付けのビルボード・キャッシュボックス、全米クラシックチャートの第1位を獲得し、1975年NARM同部門最優秀レコードを2年連続で受賞し、1975年度日本レコード大賞・企画賞も受賞したそうです。懐かしかったので取上げてみましたが、旋律を容易に聴き取れない箇所もあって、原曲を知らない人が聴いて理解できるのかなと思いました。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
エド・デ・ワールト
ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
1974年12月
エド・デ・ワールト(1941年-)が、1967年に指揮者に任命され、1973年から1985年まで音楽監督を務めたロッテルダム・フィルとの「展覧会の絵」です。ワールトに対するイメージは、オーケストラ・ビルダーとしての能力と、規模の大きい管弦楽作品で手腕を発揮する指揮者です。
そのようなわけで、期待して聴きました。
丁寧に奏される「第1プロムナード」を経て、打楽器が炸裂する「グノム」、綿々と歌われる「古城」はなかなか良いです。素朴な「テュイルリーの庭」、低弦の重厚なリズムが好ましい「ビドロ」、軽快でチャーミングな「卵の殻を~」、「サミュエル~」は普通、再び軽快な「リモージュの市場」、息の長い歌を聴かせる「カタコンベ」「死せる言葉~」。打楽器(グランカッサがすごい)を鳴らす「バーバ・ヤガー」と「キエフの大門」はワールトの面目躍如というところでしょう。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
レナード・スラットキン
セントルイス交響楽団
1975年
【お薦め】
スラットキン(1944年-)は、「展覧会の絵」を得意としているようで、この後も1985年(ナショナル・フィル)、2004年(ナッシュビル響:後日取上げます)の録音もあります。他にもありそうですし、新しい録音が出る可能性もあります。
この「展覧会の絵」は、実に鮮やかで見事です。この名演には、スラットキンが1979年から1996年まで音楽監督の任にあった、セントルイス交響楽団の技術の高さも貢献しています。
安定した「第1プロムナード」、腹に響く大太鼓がすごい、表現も理想的な「グノム」、伸びやかな「第2プロムナード」、「古城」はサクソフォーンのヴィブラートが気になります。意気揚々とした「第3プロムナード」、懐かしさを感じさせる「テュイルリーの庭」、力一杯の盛り上がりを聴かせる「ビドロ」、もの悲しい「第4プロムナード」、アンサンブルの妙を聴かせる「卵の殻~」、抑揚が巧みな「サミュエル~」、華やかで色彩的な「リモージュの市場」
、セントルイス響の金管セクションの優秀さを聴かせる「カタコンベ」、荘厳かつ壮麗な「バーバ・ヤガー」、落ち着いた足取りのテンポもよろしく、フィナーレにふさわしい盛り上がりの「キエフの大門」と、完成度の高い充実した演奏でした。
各楽器を明確に捉えた録音が効果的でした。