前の記事の続きです。
ピエール・モントゥー(指揮)
ロンドン交響楽団
ダグラス・ロビンソン(合唱指揮)
コヴェント・ガーデン王立歌劇場合唱団
DECCA 1959年4月27-28日
「ダフニスとクロエ」の全曲初演は,1912年6月8日で,指揮はピエール・モントゥーです。このCDは初演指揮者による演奏を優秀なステレオ録音で聴くことができます。
そこで,せっかくの機会ですので,国内廉価CD(DECCA BEST PLUS 50 \1,000)と,Pragaがアナログ・テープからDSDリマスタリングを行ったSACDの音質を比較してみたいと思います。
うーん,違いがよくわかりません。強いていえば,CDはメリハリがあるものの強音時に平べったい音質ですが,SACDは全体に大人しめであるものの,喧しさがなくて長時間疲れない音であるという当たり前の感想になってしまいました。思ったほどの違いはなかったです。
肝心の演奏は,噛んで含めるような演奏と申しますか,ここはこうあらねばならないという指揮者の名講義を拝聴しているような感じがします。そうはいっても全体に押しつけがましさのない自然な演奏であります。
シャルル・ミュンシュ(指揮)
ボストン交響楽団
ローナ・クック・デ・ヴァロン(合唱指揮)
ニュー・イングランド音楽院合唱団
RCA 1961年2月26,27日
ボストン,シンフォニー・ホール
ミュンシュには同じボストン響を振った1955年の2トラック録音(RCA)があり,それはSACD化されているのですが,こちらは再録音で,帯に「世界初CD化」とあります。これだけの名演が2002年1月までCD化されなかったわけで,ミュンシュは海外で評価が低いというのは本当かも。
ボストン響の重厚なアンサンブルに軽妙な味わいを求めたいと思うこともありますが,この力感は捨て難くもあり,やはりボストン響は優秀です。演奏も録音もミュンシュの意図を完全に理解して120%表現していると思います。
圧巻は第三部の「全員の踊り」で,これを聴いてしまったら他は聴けないというくらい,エネルギッシュな演奏で,これは圧巻! バス・ドラムはこれぐらいでないと。ラヴェルのオーケストレーションを知り尽くしている指揮者とエンジニアリングによる傑作だと思います。これはお薦め!
アンドレ・クリュイタンス(指揮)
パリ音楽院管弦楽団
ルネ・デュクロ合唱団
EMI CLASSICS 1962年
パリ,サル・ワグラム
クリュイタンスのラヴェルは,LPで全て揃えてCDで買い直し,さらにSACDにも手を出しています。つまり大好きな演奏なのです。
この「ダフニスとクロエ」全曲盤は,名曲名盤本の類では不動の1位です。だからいまさら私が下手くそな文章で書く必要もないのですが,改めて(24bitリマスタリングCDを)聴き直してみると,この指揮者とオーケストラにしか表現できない独特の雰囲気がありますね。漂ってくる薫りが違うという感じで,一番安心して聴ける演奏かもしれません。安全運転という意味ではなく,肌触りの良さ,馴染みやすさという点においてです。
この録音以降,演奏と録音技術はますます進化し,より精緻な演奏が優秀録音で楽しめるようになったのですが,この高雅で優美な雰囲気は唯一無二です。全体に腰高なサウンドでもう少し重低音が欲しいような気もしますが,これがフランスの伝統なのかもしれませんね。
ジャン・マルティノン(指揮)
パリ管弦楽団
ジャン・ラフォルジュ(合唱指揮)
パリ・オペラ座合唱団
EMI CLASSICS 1974年
パリ,サル・ワグラム
フランス人によるフランスのオーケストラによるフランス人のための演奏。そんなわけで,マルティノンによるフランス国立放送管弦楽団を指揮したドビュッシーとパリ管弦楽団を指揮したラヴェルは貴重です。
ただ,個人的にはマルティノン指揮のドビュッシーはよく聴きましたけれど,ラヴェルはあまり聴いていないんです。クリュイタンス(フランス系ベルギー人)のほうが味が濃いめで,マルティノンは淡白に感じてしまうのです。だからちょっと苦手でした。
今回,10年ぶりぐらいに聴いてみたのですが,テンポの遅い部分は良いとしても,リズムが特徴的な部分などテンポがちょっと速くなると,揃わないのか揃えようとしないのか,アンサンブルが合っていないのが気になります。そういうところを除けば,名手揃いのパリ管弦楽団は管楽器はどれも巧いですし,本場物という先入観のせいかもしれませんが,雰囲気は豊かです。
ピエール・ブーレーズ(指揮)
ニューヨーク・フィルハーモニック
エイブラハム・カプラン(合唱指揮)
カメラータ・シンガーズ
SONY CLASSICAL 1975年3月
ニューヨーク,マンハッタン・センター
SONY CLASSICALレーベルから発売されているドビュッシーもそうなのですが,ブーレーズのラヴェル旧録音群は良い仕事,画期的な演奏だったと思います。当時これを聴いた人達はどう感じたのでしょうか。
スコアに書かれている音符が目に浮かんでくる精密機械のような演奏。いくら「ダフニスとクロエ」がラヴェルの大傑作とはいえ,全曲通して聴くのは私にとってなかなかしんどいものがあるのですが,この演奏は思わず聴き入ってしまう演奏であり録音です。改めてラヴェルってすごいと思いましたし,ブーレーズも素晴らしいと思います。
筋肉質の引き締まった演奏ですが,もう少し贅肉が付いていたほうが安らぎを覚えるかなとも思う今日この頃なので個人的には再録音のほうが好きなのですが。
シャルル・デュトワ(指揮)
モントリオール交響楽団&合唱団
ティモシー・ハッチンス(fl)
DECCA 1980年8月
モントリオール,聖ユスターシュ教会
モントリオール交響楽団がシャルル・デュトワと決別したのは2002年でしたっけ。10年以上も前のことだなんて信じられませんが,大変素晴らしいコンビでした。そのコンビの代表的な録音が,仏ディスク大賞,モントルー国際レコード賞,レコード・アカデミー賞受賞の当ディスクで,私が初めて買った「ダフニスとクロエ」全曲盤のCDでもあります。
これさえあればクリュイタンスやマルティノン等のおフランス系CDは不要と思ったものでした。なんたって「フランスのオーケストラよりフランス的なオーケストラ」でしたから(過去形)。あれらをもっと洗練させて美しく仕上げ,優秀な録音で残した傑作なのですが,私がこれを飽くことなく繰り返し聴いたかというと答えはノーです。このあたりが難しいところで,あまりにも嵌りすぎた演奏はかえって抵抗感を覚えるのでしょうか。
録音は,1階センターの後ろの席で聴いているな感じ。独奏楽器をリアルに捉えるよりは全体の雰囲気重視みたい。もう少し克明な録音であってもよいかなとも思います。
ピエール・ブーレーズ(指揮)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ベルリン放送合唱団
Deutsche Grammophon 1994年5月
ベルリン,イエス・キリスト教会
おそらく私の好みは,ブーレーズの演奏なのだと思います。そして,ブーレーズの2種の全曲盤では,ベルリン・フィルとの再録音をより好みます。ニューヨーク・フィルとの画期的な旧盤は録音のせいもあってオケのギスギスした音色に抵抗を感じていたのですが,ベルリン・フィルのしっとりした音色のおかげで弱点が克服され,天下の名盤となりました。
ブーレーズの意図が徹底しているのは旧盤のほうで,いささかも価値は減じていないと思うのですが,「ダフニスとクロエ」を聴きたいと思うときに,一番手を伸ばしたくなるのは当盤です。聴き始めたら最後まで通して聴きたくなる演奏です。
イエス・キリスト教会での録音も理想的で,合唱とオーケストラのバランスも最上ですし,最後の「全員の踊り」のような曲でも聴きたい楽器がきちんと聴き取れるのはとてもありがたいです。「ダフニスとクロエ」を知り尽くした指揮者による極めつけの名盤と評したいと思います。
チョン・ミュンフン(指揮)
フランス国立放送フィルハーモニー管弦楽団&合唱団
Deutsche Grammophon 2004年11月
フランス放送,オリヴィエ・メシアン・ホール
ちょっと気になったのでHMV ONLINEの指揮者検索でチョン・ミュンフンの現行盤を調べたところ86枚でした。思ったより少ないですね。指揮した作曲家で最も多いのがメシアンで12枚。次いでブラームス,ドヴォルザーク,ビゼー,ニールセン,マーラー……。思いつく名盤は,メシアン:トゥランガリーラ交響曲(パリ・バスティーユ管),ベルリオーズ:幻想交響曲(同),リムスキーショスタコーヴィチ:交響曲第4番(フィラデルフィア管),そして当盤でしょうか。
この「ダフニスとクロエ」(廃盤!)は,私が持っている中で最もテンポの緩急差が大きい演奏だと思うのですが,とにかくスマートですいすい・ぐいぐい進んでいきます。変化に富んでいるので面白く聴き易いのですが,ちょっと力押し気味でもあります。もう少し繊細さを求めたいところです。
気になるのは録音で賛否があるようですが,こういう録音はフランスの伝統なのでしょうか。よく言えば幻想的で雰囲気重視の音づくりです。録音ですごく損をしているような,結構びみょうな演奏。
ジェイムズ・レヴァイン(指揮)
ボストン交響楽団
ジョン・オリヴァー(合唱指揮)
タングルウッド祝祭合唱団
Bso Classics 2007年10月ライヴ
Deutsche Grammophonへの1984年録音は現在(常に)廃盤中で,タワーレコードでのみ入手可能です。そちらはウィーン・フィルと国立歌劇場合唱団によるもので,もしかしたら「ダフニスとクロエ」のとびっきりの名盤だったかもしれません。
なぜそのようなことを書いたかというと,この演奏がなかなか素晴らしいからです。レヴァインとボストン響という,ありそうでなかなかないコンビによる演奏ですが,当盤はボストン響の自主レーベルによるもので,ありがたいことにSACDです。
現代オーケストラの機能美を押し出した,明るくメリハリのある演奏というべきでしょうか。レヴァインの語り口の巧みさに陶然とさせられ,音楽に惹き込まれるものがあります。
あまりの屈託の無さにこれでいいのかと思わないでもありませんが,これだけ満足させてもらえれば十分でしょう。最後の全力を注ぎ込んだ和音は,これを生で聴いたら思わずブラヴォーって叫んじゃいますよね。現代的な名演奏。
ワレリー・ゲルギエフ(指揮)
ロンドン交響楽団&合唱団
LSO 2009年9月20,24日ライヴ
ロンドン,バービカン・ホール
これはロンドン響の自主レーベルによるSACDです。特価1,290円のお買得盤で,これも名演だと思います。非常によく歌う演奏で,短いフレーズも長いフレーズもたっぷり豊かな歌を聴かせてくれます。リズムの処理もばっちりで,難しそうな箇所でも揺るぎないものを感じますね。オーケストラは名門ロンドン響ですから,ソロからトゥッティまで文句なしの出来栄えです。合唱も優秀でオーケストラとの一体感が見事です。録音も優秀。
心から良い演奏だと思うのですが,ミュンシュ/ボストン響やブーレーズの2種の録音を聴いた後だと欲が出てきて,もっとこのコンビなら出来るはずではないか,なんて思ってしまうのです。それは,デュトワ,チョン・ミュンフン,レヴァインにも言えることで,なんて言ったらいいんだろう,もうあとひとつ,何かないかなって感じてしまいます。
チョン・ミュンフンだと録音で損をしているから仕方が無いという諦めもつくのですが,この盤は録音も優れているので厳しくなってしまうのでしょう。
ラヴェルの「ダフニスとクロエ」は,第2組曲だけの録音もありまして,この後にそれの聴き比べを続けるつもりだったのですが,40度近い猛暑のせいもあり,集中力が途切れてしまったので,この辺で終わりにしようと思います。
カレーライス食べたい……。