ワーグナーのオペラを総譜完成順に並べと、妖精(1834年)、恋愛禁制(1836年)、リエンツィ(1840年)、さまよえるオランダ人(1841年)、タンホイザー(1845年)、ローエングリン(1848年)、ラインの黄金(1854年)、ワルキューレ(1856年)、トリスタンとイゾルデ(1859年)、ニュルンベルクのマイスタージンガー(1867年)、ジークフリート(1871年)、神々の黄昏(1874年)、パルジファル(1882年)になります。
したがって、「ローエングリン」の次は「ラインの黄金」なのです。
ラインの黄金を鋳直して作った指環の主は世界を支配できるはずなのに、アルベリヒが簡単に縛り上げられてしまったのはなぜだろう。指環の魔力っていったい……。
リヒャルト・ワーグナー 楽劇「ラインの黄金」
①
クレメンス・クラウス
バイロイト祝祭管弦楽団
ヴォータン:ハンス・ホッター
フリッカ:イーラ・マラニウク
フライア:ブルニ・ファルコン
ドンナー:ヘルマン・ウーデ
フロー:ゲルハルト・シュトルツェ
ローゲ:エーリッヒ・ヴィッテ
アルベリヒ:グスタフ・ナイトリンガー
ミーメ:パウル・クーエン
ファゾルト:ルートヴィッヒ・ヴェーバー
ファフナー:ヨーゼフ・グラインドル
エルダ:マリア・フォン・イロスファイ
ヴォークリンデ:エリカ・ツィンマーマン
ヴェルグンデ:ヘティ・プリマッハー
フロースヒルデ:ギゼラ・リッツ
1953年8月8,9,10,12日(ライヴ)
バイロイト祝祭劇場
クラウスについては、ボスコフスキーの前にニューイヤーコンサートを指揮していた人ぐらいの知識しかなくて、恥ずかしながらウィンナワルツの指揮者だと思っていました。だから、この「ラインの黄金」を聴いて本当に驚きました。音楽の運びが理想的で録音がよければこれが一番好きかもしれません。1953年の古い録音(しかもライヴ)で、オーケストラの楽器を詳細に聴き分けることなど到底無理ですが、それでもクラウスが卓越したオーケストラコントロールの持ち主であったことはわかります。なお、歌手の声は聴きやすい録音です。歌手はいずれも素晴らしいと思いますが、ハンス・ホッターがこの録音では素晴らしい歌唱(名唱)を聴かせてくれたのがとても印象的でした。また、グスタフ・ナイトリンガーは、このクラウス盤の他に、フルトヴェングラー盤(1953年)、カイルベルト盤、クナッパーツブッシュ盤(1956年)、ショルティ盤、ベーム盤でアルベリヒを歌っているスペシャリストです。
②
サー・ゲオルク・ショルティ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ヴォータン:ジョージ・ロンドン
フリッカ:キルステン・フラグスタート
フライア:クレア・ワトソン
ドンナー:エバーハルト・ヴェヒター
フロー:ヴァルデマール・クメント
ローゲ:セット・スヴァンホルム
アルベリヒ:グスタフ・ナイトリンガー
ミーメ:パウル・クーエン
エルダ:ジーン・マデイラ
ファゾルト:ヴァルター・クレッペル
ファフナー:クルト・ベーメ
ヴォークリンデ:オーダ・バルスボーグ
ヴェルグンデ:ヘティ・プリマッハー
フロースヒルデ:イラ・マラニウク
1958年9月24日~10月8日
ウィーン、ゾフィエンザール
聴く前に余計な先入観はないほうがよいのでしょうが、「ニーベルングの指環(ジョン・カルショー著、山崎浩太郎 訳、学習研究社)」を読むと、この演奏の有難みが100倍くらい増します。レコード史の偉業・金字塔と称えられたものですし、私もこのセットを買ってから10年以上、他のCDを求めませんでしたので、私の基準になってしまっています。思い入れもあります。歌手も当時のDECCAとして最上のラインナップで、今聴いても鮮明で鮮烈な印象を与える録音(オリジナルマスターテープは劣化がひどくて使い物にならないようです。CDクオリティであってもデジタル化されていて本当によかった)です。ところで、この録音には当時のオーディオ・チェックによく使われたという場面が2か所ありますが、それはどことどこでしょう?
③
カール・ベーム
バイロイト祝祭管弦楽団
ヴォータン:テオ・アダム
フリッカ:アンネリース・ブルマイスター
フライア:アニヤ・シリア
ドンナー:ゲルト・ニーンシュテット
フロー:ヘルミン・エッサー
ローゲ:ヴォルフガング・ヴィントガッセン
アルベリヒ:グスタフ・ナイトリンガー
ミーメ:エルヴィン・ヴォールファールト
ファゾルト:マルッティ・タルヴェラ
ファフナー:クルト・ベーメ
エルダ:ヴィエラ・ソウクポヴァー
ヴォークリンデ:ドロテア・ジーベルト
ヴェルグンデ:ヘルガ・デルネシュ
フロースヒルデ:ルート・ヘッセ
1966年7月26日(ライヴ)
バイロイト祝祭劇場
ベームによる堅固で骨太のワーグナーです。歌手はいかにもこの時代のバイロイトという顔ぶれですが、栄光の1950年代を引きずっているようにも思えます。録音はよく言えばブレンドされた、悪く言えば分離が悪く聴こえ、せっかく用意された6台のハープも埋没してしまいます。「ニーベルングの指環」の名盤として必ず登場する録音ですが、楽しむ要素が少なく、あえて今れを選ばなくてもいいんじゃないかなと思っています。失礼!
④
ヘルベルト・フォン・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ヴォータン:ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
フリッカ:ジョゼフィン・ヴィージー
フライア:シモーネ・マンゲルスドルフ
ドンナー:ロバート・カーンズ
フロー:ドナルド・グローブ
ローゲ:ゲルハルト・シュトルツェ
アルベリヒ:ゾルターン・ケレメン
ミーメ:エルヴィン・ヴォールファールト
エルダ:オラリア・ドミンゲス
ファゾルト:マルッティ・タルヴェラ
ファフナー:カール・リッダーブッシュ
ヴォークリンデ:ヘレン・ドーナト
ヴェルグンデ:エッダ・モーザー
フロースヒルデ:アンナ・レイノルズ
1967年12月
ダーレム。イエス・キリスト教会
カルショーが世界初の「指環」全曲録音を行うにあたって当時ウィーン国立歌劇場の芸術監督であったカラヤンではなく、ショルティを指揮者に選んだというのはわかるような気がします。ショルティとだったらカルショーが理想とする「指環」を協同で制作することが可能でしょうが、カラヤンはプロデューサーの意見など意に介さなかったでしょう。この「指環」セットは私が二番目に購入したもので、指揮者によって、また歌手によってこんなに違うものかと驚かされたものです。最初は違和感がありましたが、聴きこむにつれ、こうでなくてはと思わざるを得ません。オーケストラの精妙な響きと圧倒的な迫力は他の追随を許さないものがあります。指揮者とオーケストラに関しては、ショルティ盤より好きかも。歌手陣はカラヤン好みの美声の持ち主ばかりですが、ディースカウのヴォータン、好き嫌いを通り越して、一聴の価値はあると思います。
⑤
マレク・ヤノフスキ
シュターツカペレ・ドレスデン
ヴォータン:テオ・アダム
フリッカ:イヴォンヌ・ミントン
フライア:マリタ・ナピアー
ドンナー:カール・ハインツ・シュトリュツェク
フロー:エーベルハルト・ビュヒナー
ローゲ:ペーター・シュライアー
アルベリヒ:ジークムント・ニムスゲルン
ミーメ:クリスティアン・フォーゲル
ファーゾルト:ローラント・ブラハト
ファフナー:マッティ・サルミネン
エルダ:オルトルン・ヴェンケル
ヴォークリンデ:ルチア・ポップ
ヴェルグンデ:ウタ・プリエフ
フロースヒルデ:ハンナ・シュヴァルツ
1980年12月
ドレスデン、ルカ教会
「ニーベルングの指環」初のデジタル録音です。とにかく声楽陣が豪華。「ラインの黄金」以外でも、ジークフリートはルネ・コロ、ジークフリートはイェルザレム、ジークリンデはジェシー・ノーマンですし、シュライアーはローゲとミーメ(「ジークフリート」)を歌っています。そしてオーケストラはいぶし銀の響きのシュターツカペレ・ドレスデンで言うことなし、と言いたいところなのですが、録音がオーケストラの持ち味を引き出していないように感じられます。迫力不足なのは、指揮者のせいだけではないでしょう。ヤノフスキは録音で損をしていると思います。ヤノフスキは2012年にベルリン放送交響楽団と再録音をしています。
⑥
ジェームズ・レヴァイン
メトロポリタン歌劇場管弦楽団
ヴォータン:ジェームズ・モリス
フリッカ:クリスタ・ルートヴィヒ
フライア:マリアン・ヘッガンダー
ドンナー:ジークフリート・ロレンツ
フロー:マーク・ベイカー
ローゲ:ジークフリート・イェルザレム
ミーメ:ハインツ・ツェドニク
アルベリヒ:エッケハルト・ヴラシハ
ファゾルト:クルト・モル
ファフナー:ヤン・ヘンデリック・ローターリンク
エルダ:ビルギッタ・スヴェンデン
ヴォークリンデ:ヘイキュング・ホング
ヴェルグンデ:ダイアン・ケスリング
フロースヒルデ:メレディス・パーソンズ
1988年4月。5月
ニューヨーク・マンハッタンセンター
オットー・シェンク演出のLDまたはDVDを観たという人はそこそこ多いのではないでしょうか。私も「ラインの黄金」だけ持っています。その映像とCDは同じ年代に制作されているのですが、一応別録音です。歌手も微妙に違います。この歌手陣で、Deutsche Grammophonがレヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団で録音したのですから、期待を裏切るはずがありません。実際、名演だと思いますし、ファーストチョイスとしてもお薦めできるCDです。
⑦
ベルナルト・ハイティンク
バイエルン放送交響楽団
ヴォータン:ジェイムズ・モリス
フリッカ:マルヤーナ・リポヴシェク
フライア:エヴァ・ヨハンソン
ドンナー:アンドレアス・シュミット
フロー:ペーター・ザイフェルト
ローゲ:ハインツ・ツェドニク
アルベリヒ:テオ・アダム
ミーメ:ペーター・ハーゲ
ファゾルト:ハンス・チャンマー
ファフナー:クルト・リドル
エルダ:ヤドヴィカ・ラッペ
ヴォークリンデ:ジュリー・カウフマン
ヴェルグンデ:シルヴィア・ヘルマン
フロースヒルデ:スーザン・クィットマイヤー
1988年11月
ミュンヘン、ヘルクレスザール
ハイティンク指揮の「タンホイザー」を絶賛しましたが、この「ラインの黄金」(というか「ニーベルングの指環」全曲)も素晴らしいです。ハイティンクの指揮による録音は、わが家にすごく少なくて、評判が良いと知って買ったCDも期待外れのCDも少なくないのですが、これは聴き終わった後にもう一度聴きたいと思える演奏でした。どういうところが?と問われると返事に窮してしまいますが、自然な音楽運びで、作為を感じさせないのに雄弁で効果的で、物足りなさを全く感じさせない演奏です。これはお薦めです。
⑧
ヴォルフガング・サヴァリッシュ
バイエルン国立歌劇場管弦楽団
ヴォータン:ロバート・ヘイル
フリッカ:マルヤナ・リポヴシェク
フライア:ナンシー・グスタフソン
ドンナー:フローリアン・チェルニー
フロー:ヨゼフ・ホプファーヴィーザー
ローゲ:ロバート・ティアー
アルベリヒ:エッケハルト・ヴラシハ
ミーメ:ヘルムート・ハンプフ
ファゾルト:ヤン・ヘンドリク・ロータリング
ファフナー:クルト・モル
エルダ:ハンナ・シュヴァルツ
ヴォークリンデ:ジュリー・カウフマン
ヴェルグンデ:アンジェラ・マリア・ブラーシ
フロースヒルデ:ビルギット・カルム
1989年11月、12月(ライヴ)
ミュンヘン、バイエルン国立歌劇場
サヴァリッシュが残した録音のうち、最も多い作曲家はブラームスで、次がワーグナーとリヒャルト・シュトラウスのようです。ライヴですが「妖精」「恋愛禁制」「リエンツィ」の録音があるので、もしかしたらワーグナーの全オペラを録音した唯一の指揮者ということになるのでしょうか。ワーグナーを知り尽くしたサヴァリッシュですから、この「ラインの黄金」も期待を裏切らない名演です。ただ、この演奏でなくてはならない何かがあるのかと問われると困ってしまうのですが。
⑨
シモーネ・ヤング
ハンブルク州立歌劇場管弦楽団
ヴォータン:ファルク・シュトルックマン
フリッカ:カーチャ・ピーヴェック
フライア:ヘレン・クォン
ドンナー:ヤン・ブッフヴァルト
フロー:ラディスワフ・エルグル
ローゲ:ペーター・ガイヤール
アルベリヒ:ヴォルフガング・コッホ
ミーメ:ユルゲン・ザッヒャー
ファーゾルト:ティグラン・マルティロシアン
ファーフナー:アレクサンドル・ツィムバリュク
エルダ:デボラ・ハンブル
ヴォークリンデ:ハ・ヤン・リー
ヴェルグンデ:ガブリエーレ・ロスマニト
フロースヒルデ:アン=ベス・ソルヴァング
2008年3月(ライヴ)
ハンブルク州立歌劇場
女性指揮者初の(そして今のところ最後の)「ニーベルングの指環」全曲録音です。ケチのつけようがない良い演奏だと思うのですが、他のCDを差し置いてこれを選ばなければならない理由はないように思います。「指環」を10セット所有するならその中のひとつにこのセットがあってもいいんじゃないかというぐらいでしょうか。いや、けして悪い演奏ではないですし、歌手もシュトルックマンやコッホなど素晴らしい人がいるのですが、立て続けに聴き比べたとき、指揮と管弦楽はこれぐらいできて当然のように思えてしまうのです。
⑩
サー・サイモン・ラトル
バイエルン放送交響楽団
ヴォータン:ミヒャエル・フォレ
フリッカ:エリーザベト・クルマン
フライア:アネッテ・ダッシュ
ドンナー:クリスチャン・ヴァン・ホーン
フロー:ベンヤミン・ブルンス
ローゲ:ブルクハルト・ウルリヒ
アルベリヒ:トマス・コニエツニ
ミーメ:ヘルヴィヒ・ペコラーロ
ファゾルト:ピーター・ローズ
ファフナー:エリック・ハーフヴァーソン
エルダ:ヤニーナ・ベヒレ
ヴォークリンデ:ミレッラ・ハーゲン
ヴェルグンデ:シュテファニー・イラーニィ
フロースヒルデ:エーファ・フォーゲル
2015年4月24,25日(ライヴ)
ミュンヘン、ヘルクレスザール
最新の録音で「ラインの黄金」を聴いてみたいという人にはお薦めです。最近の歌手はあまり知らないのですが、ヴォータンのフォレを始めとして総じて良い人を揃えていると思います。不満があるとしたら指揮で、オーケストラを最良のバランスに保ち、全く破綻がないのですが、ラストなど、もう少し思い切って鳴らしてもよいのに、万事そつが無く、物足りなさを覚えます。優等生的なんです。今後神々は黄昏に向かうのだから、能天気な迫力は似つかわしくないということなのでしょうが。