白鳥が曳く小舟に乗って登場し、白鳩が曳く小舟に乗って退場する騎士の物語。白鳥もそうですが、鳩が舟を曳く(鳩は自らに鎖を結わえ、すぐに舟を曳いて進む)……。いや、いいんです。ロマンティック・オペラですからね。
リヒャルト・ワーグナー 歌劇「ローエングリン」
エーリヒ・ラインスドルフ指揮
ボストン交響楽団
ボストン・プロ・ムジカ合唱団
1965年の録音
ローエングリン:シャンドール・コンヤ
エルザ:ルシーネ・アマーラ
オルトルート:リタ・ゴール
テルラムント:ウィリアム・ドゥーリー
国王ハインリヒ:ジェローム・ハインズ
軍令使:カルヴィン・マーシュ
「ローエングリン」の聴き比べをするにあたり、最初に手に取ったディスクです。これがなかなか良くて、もうこれで決まりと思ったほどです。まず、ラインスドルフの指揮が良かったです。もったいぶったところがないストレートな指揮で、聴きどころをきちんと聴かせてくれます。ボストン響も全開という感じで、このオペラを初めて聴いてみようという方にはわかりやすくて良いと思います。歌手はコンヤ(コーンヤ)を除いて知らない人ばかりですが、概ね良い感じです。
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮
バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団
1962年のライヴ録音
ローエングリン:ジェス・トーマス
エルザ:アニヤ・シリア
オルトルート:アストリッド・ヴァルナイ
テルラムント:ラモン・ヴィナイ
国王ハインリヒ:フランツ・クラス
バイロイト祝祭劇場でのライブのため、オーケストラの音量は控えめで、歌手の声がよく聴こえる録音です。オーケストラが歌の邪魔をするのは許せないという人にはお薦めですが、オーケストラも楽しみたいという人は物足りないかも。サヴァリッシュの指揮も抒情的で、あまり劇的ではありませんが、これは録音によるところも多いのでしょう。歌手はバイロイトならではの強力な布陣です。でもやっぱり録音がよくないような……。
ゲオルク・ショルティ指揮
ウィーン・フィル
ウィーン国立歌劇場合唱団
(合唱指揮グロール)
1985年&1986年の録音
ローエングリン:プラシド・ドミンゴ
エルザ:ジェシー・ノーマン
オルトルート:エヴァ・ランドヴァー、
テルラムント:ジークムント・ニムスゲルン
国王ハインリッヒ:ハンス・ゾーティン
軍令使:ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ
ウィーン・フィルをDECCAの録音で聴きたいという人にはこれが一番でしょう。冒頭からオーケストラの美しい音色に耳を奪われます。ショルティの指揮も壮麗で、鮮烈な印象を受けます。歌手では軍令使にディースカウを起用していますが、軍令使はもっと張りのある声のほうが好きです。ドミンゴのタイトルロールも悪くないと思います。小粒のテノールよりドミンゴのドラマティックな歌唱のほうが好みです。その他の歌手はノーマン(見た目よりもずっと可憐な歌)を始めとしていずれも立派な歌唱を聴かせてくれます。
ルドルフ・ケンペ指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団
(合唱指揮ロスマイヤー)
1962年&1963年の録音
ローエングリン:ジェス・トーマス
エルザ:エリーザベト・グリュンマー
オルトルート:クリスタ・ルートヴィヒ
テルラムント:ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
国王ハインリヒ:ゴットロープ・フリック
軍令使:オットー・ヴィーナー
少々録音の古さを感じさせますが、ウィーン・フィルの良さは伝わってきます。音楽の素晴らしさがすとんと心に落ちてきます。長い間名盤とされてきたのも頷けます。主役二人、特に(ちょっと歌唱が古い感じだけれど)グリュンマーのエルザが悲劇のヒロインっぽくて良いです。フリックの国王は立派な歌唱ですが私にはハーゲンを連想させてしまう……。悪役夫婦のルートヴィヒのオルトルートが素晴らしく、ディースカウのテルラムントもやはり巧いです。後者はシューベルトの歌曲を聴いているような気分にもなりますが。
ラファエル・クーベリック指揮
バイエルン放送交響楽団&合唱団
1971年の録音
ローエングリン:ジェイムズ・キング
エルザ:グンドゥラ・ヤノヴィッツ
オルトルート:グィネス・ジョーンズ
テルラムント:トマス・ステュアート
国王ハインリヒ:カール・リッダーブッシュ
軍令使:ゲルト・ニーンシュテット
歌手が素晴らしいです。キングのスケール感のある強靭な声、清楚で可憐で気品のあるヤノヴィッツ(最高のエルザ!)、リッダーブッシュの威厳ある国王、ステュアートとジョーンズも正に適役で、歌手陣については文句なしです。クーベリックの指揮もケンペ同様にすーっと心に入って来る、繊細さと力強さを兼ね備えた自然な音楽づくりで、この指揮者がもっとワーグナー全曲録音を残してくれたらよかったのにと思います。私のベストワン。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団
(合唱指揮:ワルター=ハーゲン・グロル)
1975,76,81年の録音
ローエングリン:ルネ・コロ
エルザ:アンナ・トモワ・シントウ
フリードリッヒ:ジークムント・ニムスゲルン
オルトルート:ドゥニャ・ヴェイソヴィチ
国王ハインリッヒ:カール・リッダーブッシュ
軍令使:ロバート・カーンズ
1975年12月8日に開始して1981年5月23日に終了という、えらく時間がかかった録音です。前奏曲(序曲ではない)からカラヤン&ベルリン・フィルの精緻で繊細、重厚にして迫力あるサウンドに魅了されます。「ローエングリン」のCDではクーベリック盤とカラヤン盤(廃盤です)の2種類を残したいと思います。歌手ではやはりルネ・コロが白鳥の騎士そのものといった、気高く誇り高い、しなやかで力強い歌唱を聴かせてくれます。クーベリック盤と共通のリッダーブッシュの国王も立派です。
このCDを聴くとき、堀内修氏の「カラヤンとベルリン・フィルが、本気になって、このロマン的大歌劇の美しさを現出させようとすると、それは現れる。エルザが祈れば、白鳥の騎士が必ず現れるのだと、信じないわけにはいかない。」という一文を必ず思い出してしまいます。そういう先入観があるので、どうしても思い入れが強くなります。