「トリスタンとイゾルデ」が4時間弱で演奏時間が長いと書きましたが、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は4時間20分です(!)。休憩時間も入れると、どれくらいの上演時間になるのでしょう。
最初に登場人物をまとめておきます。大勢います。
ハンス・ザックス(靴屋):バス
ヴァルター・フォン・シュトルツィング(フランケン地方出身の若い騎士):(テノール)
エファ(エヴァ)(ポーグナーの娘):ソプラノ
ダフィト(ダーヴィット)(ザックスの徒弟):テノール
マグダレーネ(エヴァの乳母):メゾソプラノ
ファイト・ポーグナー(金細工師):バス
クンツ・フォーゲルザング(毛皮屋):テノール
コンラート・ナハティガル(ブリキ屋):バス
ジクストゥス・ベックメッサー(市役所の書記):バス
フリッツ・コートナー(パン屋):バス
バルタザール・ツォルン(錫細工師):テノール
ウルリヒ・アイスリンガー(香料商人):テノール
アウグスティン・モーザー(仕立屋):テノール
ヘルマン・オルテル(石鹸屋):バス
ハンス・シュヴァルツ(靴下屋):バス
ハンス・フォルツ(銅細工師):バス
夜警:(バス)
同業組合に属する市民と妻たち
職人たち、徒弟たち、娘たち、民衆
(上演するのにとてもお金がかかりそう。)
リヒャルト・ワーグナー 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
①
ヨーゼフ・カイルベルト
バイエルン国立歌劇場管弦楽団
合唱:バイエルン国立歌劇場合唱団
(合唱指揮:ヴォルフガング・バウムガルト)
ザックス:オットー・ヴィーナー
ヴァルター:ジェス・トーマス
エファ:クレア・ワトソン
ダフィト:フリードリッヒ・レンツ
マグダレーネ:リリアン・ベニングセン
ポーグナー:ハンス・ホッター
フォーゲルゲザング:デイヴィッド・ソー
ナハティガル:カール・ホッペ
ベックメッサー:ベンノ・クッシェ
コートナー:ヨゼフ・メッテルニッヒ
ツォルン:ヴァルター・カールノート
アイスリンガー:フランツ・クラールヴァイン
モーザー:カール・オステルターク
オルテル:アドルフ・カイル
シュワルツ:ゲオルク・ヴィーター
フォルツ:マックス・プレープストル
夜警:ハンス・ブルーノ・エルンスト
1963年11月23日(ライヴ)
ミュンヘン、バイエルン国立歌劇場
このオペラを初演したのはバイエルン国立歌劇場(その頃はミュンヘンの宮廷歌劇場)だそうですが、その建物は第二次世界大戦で崩壊してしまいました。このライヴは、1963年11月に再建されたバイエルン国立歌劇場の記念公演の録音です。
ラストにおなじみのメロディで民衆によって歌われる「聖なるドイツの芸術が我らの手に残るだろう」が感動的です。終演後の拍手や歓声がそれを証明しています。
そのような貴重な記録ですから、歌手や指揮についてとやかく言うのは野暮というものでしょう。
録音(ステレオ)はこの時代のライヴとしてはすこぶる良好です。
②
ラファエル・クーベリック
バイエルン放送交響楽団
テルツ少年合唱団
(指揮:ゲアハルト・シュミット=ガーデン)
バイエルン放送合唱団
(指揮:ハインツ・メンデ)
ザックス:トマス・スチュワート
ヴァルター:シャーンドル・コーンヤ
エファ:グンドゥラ・ヤノヴィッツ
ダフィト:ゲアハルト・ウンガー
マグダレーネ:ブリギッテ・ファスベンダー
ポーグナー:フランツ・クラス
フォーゲルゲザング:ホルスト・ヴィルヘルム
ナハティガル:リヒャルト・コーゲル
ベックメッサー:トーマス・ヘムスレー
コートナー:キート・エンゲン
ツォルン:マンフレート・シュミット
アイスリンガー:フリードリッヒ・レンツ
モーザー:ペーター・バイレ
オルテル:アントン・ディアコフ
シュヴァルツ・カール・クリスティアン・コーン
フォルツ:ディーター・スレムベック
夜警:ライムント・グルムバッハ
1967年10月1日~8日(放送用録音)
ミュンヘン、ヘルクレスザール
放送用の録音ということですが、その経緯が知りたいです。どうしてこのような録音が行われたのでしょうか。1868年6月に初演されたオペラですから、その99年後ですよね。
なぜこのようなことを書いているかというと、非常に素晴らしい演奏だからです。クーベリックの指揮が生き生きと音楽を語らせ、声楽陣が優秀で主役級にハズレがないです。
皆さん素晴らしい歌唱で、特にスチュワートのザックスが好きです。完成度が高い演奏はこの後にも出て来ますが、完成度と求心力の高さを併せ持った演奏はこの録音が随一でしょう。
この演奏を初めて聴いたとき、クーベリックとはこんなにすごい指揮者だったのかと思ったくらいです。録音は悪くないのですが、もう少しレンジが広かったらとか、でもそんなこと些細なことです。
「マイスタージンガー」のCDをどれか一組残すとしたら、間違いなくこのセットを選びます。
③
ヘルベルト・フォン・カラヤン
シュターツカペレ・ドレスデン
ドレスデン国立歌劇場合唱団
ライプツィヒ放送合唱団
(合唱指揮:ホルスト・ノイマン)
ザックス:テオ・アダム
ヴァルター:ルネ・コロ
エファ:ヘレン・ドナート
ダフィト:ペーター・シュライアー
マグダレーネ:ルート・ヘッセ
ポーグナー:カール・リッダーブッシュ
フォーゲルゲザンク:エーベルハルト・ビュヒナー
ナハティガル:ホルスト・ルウノウ
ベックメッサー:ジェレイント・エヴァンス
コートナー:ゾルタン・ケレメン
ツォルン:ハンス=ヨアヒム・ロッチュ
アイスリンガー:ペーター・ビンズツゥス
モーザー:ホルスト・ヒースターマン
オルテル:ヘルマン・クリスティアン・ポルスター
シュヴァルツ:ハインツ・レーエ
フォルツ:ジークフリート・フォーゲル
夜警:クルト・モル
1970年11月24日~12月4日
ドレスデン、ルカ教会
信じられないことに、このオペラ初のステレオ全曲(ライヴや放送用録音を除く)録音です。また、カラヤンが珍しく(皆無ではない)ドレスデンのオケを起用した録音でもあります。
「カラヤンはベルリン・フィルやウィーン・フィルではなく、ドレスデンのオケを選び、理想の響きをによるマイスタージンガーを作り上げた」と書かれていることがありますが、当初バルビローリが指揮する予定だったのが、大人の事情で降りてしまったので、急遽EMIがカラヤンを代役に立てて録音しのたそうです。選ばれたのはカラヤンのほうでした。
どうでもいいことを書きましたが、カラヤンが残したワーグナー全曲録音の中で、最も評価が高く、このオペラの決定盤とされている録音です。
そして歌手陣はこの当時揃えられる最高の人達を集めています。夜警がクルト・モルなくらいですから。学生の頃、この豪華なラインナップを眺めて、どんなにすごい演奏なのだろうと空想していたものでした。(ベックメッサーは「?」です。)シュライアーなど一番巧いダフィトでしょう。
ドレスデンのオケは、16世紀のニュルンベルクを描いたこの作品にふさわしい音色(いぶし銀といわれます)です。カラヤン節で演奏しているものの、まだカラヤン色に染まりきっていない初々しさを感じます。でも、微妙な緩急の付け方とか、クライマックスへの持って行き方など、やっぱりカラヤンは巧いですね。
④
シルヴィオ・ヴァルヴィーゾ
バイロイト祝祭管弦楽団
バイロイト祝祭合唱団
(合唱指揮: ノルベルト・バラチュ)
ザックス: カール・リッダーブッシュ
ヴァルター: ジーン・コックス
エファ: ハンネローレ・ボーデ
ダフィト: フリーダ・シュトリッガー
マグダレーネ: アンナ・レイノルズ
ポーグナー: ハンス・ゾーティン
フォーゲルゲザング: ヘリベルト・シュタインバッハ
ナハティガル: ヨゼフ・デネー
ベックメッサー: クラウス・ヒルテ
コートナー: ゲルト・ニーンシュテット
ツォルン: ローベルト・リッヒャ
アイスリンガー: ヴォルフ・アッペル
モーザー: ノルベルト・オルト
オルテル: ハインツ・フェルトホフ
シュヴァルツ: ハルトムーツ・バウエル
フォルツ: ニコラウス・ヒルデブラント
夜警: ベルント・ヴァイクル
1974年7月、8月
バイロイト祝祭劇場
マイナーなイメージのあるヴァルヴィーゾについてWikipediaで調べたところ「特に1969年から1974年に登場したバイロイト音楽祭の『ニュルンベルクのマイスタージンガー』ではその端正な指揮ぶりが評判を得た」のだそうで、これはヴァルヴィーゾのバイロイト最後の年でしょうか。
ライブ録音なので、盛大に足音が入っていたり、音楽が鳴りやまないうちに拍手が起きたりします。そのようなノイズを嫌う人にはお薦めできませんが、ヴァルヴィーゾのテンポ感、ノリの良さが心地よく、気持ちよく聴くことができました。
声楽陣も個性豊で、コックス(これが唯一の録音?)の若々しいヴァルターや可憐で初々しいボーデも良いのですが、何といってもリッダーブッシュによるザックスが聴けるのがありがたいです。このオペラは他の歌手が多少良くなくても、ザックスさえ良ければ聴けます。威厳があって慈悲深く、伸びのある美しい声。録音で聴ける最高のザックスだと思います。
なお、1年後のショルティ盤でベックメッサーを歌っているヴァイクルがこの盤では夜警です。もしかしたら夜警は非常に重要な役なのかもしれません。合唱の量感がたっぷりで、オケと互角なのも嬉しいです。
⑤
サー・ゲオルク・ショルティ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団
ウィーン国立歌劇場少年少女合唱団
(合唱指揮:ノルベルト・ヴァラッチュ)
ザックス:ノーマン・ベイリー
ヴァルター:ルネ・コロ
エファ:ハンネローレ・ボーデ
ダフィト:アドルフ・ダラポッツァ
マグダレーネ:ユリア・ハマリ
ポーグナー:クルト・モル
フォーゲルゲザンク:アダルベルト・クラウス
ナハティガル:マルティン・エーゲル
ベックメッサー:ベルント・ヴァイクル
コートナー:ゲルト・ニーンシュテット
ツォルン:マリティン・ションベルク
アイスリンガー:ヴォルフガンク・アッペル
モーザー:ミシェル・シェネシャル
オルテル:ヘルムート・ベルガー・トゥーナ
シュヴァルツ:クルト・リドゥル
フォルツ:ルドルフ・ハルトマン
夜警:ヴェルナール・クルムリックボルト
1975年10月
ウィーン、ゾフィエンザール
今回の聴き比べはこのCDから始めました。これがすごく良かったのです。ずばり名演です。ショルティは20年後にシカゴ響と再録音しましたが、この演奏のどこに不満があったのでしょう。評論家さん達もシカゴ響との再録音のほうを支持しているのですが。
まず、ウィーン・フィルと合唱の響きがすごく美しく、それを鮮明に捉えた録音も優秀です。歌手はいずれも秀でた人達ばかりで、エヴァ役のハンネローレ・ボーデはヴァルヴィーゾ盤と共通で、この頃は引っ張りだこだったのかな。
ベイリーもザックスにふさわしい歌唱ですが、一番素晴らしいと思ったのは、ベックメッサー役のベルント・ヴァイクルです。美声の持ち主ですが、高音の美しさと演技の巧さで頭一つ抜きん出ていました。もちろんザックスのベイリーも貫禄がありましたし、カラヤン盤と共通のルネ・コロも相変わらず最高のヴァルターでした。
このオペラの最初に選ぶべきセットと言っても過言ではないでしょう。
⑥
サー・ゲオルク・ショルティ
シカゴ交響楽団&合唱団
(合唱指揮:デュエイン・ヴォルフ)
ザックス:ジョゼ・ヴァン・ダム
ヴァルター:ベン・ヘップナー
エファ:カリタ・マッティラ
ダフィト:ヘルベルト・リッペルト
マグダレーネ:イリス・フェアミリオン
ポーグナー:ルネ・パーペ
フォーゲルゲザング:ロベルト・ザッカ
ナハティガル:ゲイリー・マーティン
ベックメッサー:アラン・オーピー
コートナー:アルベルト・ドーメン
ツォルン:ジョン・ハートン・マーレー
アイスリンガー:リチャード・バイアン
モーザー:スティーヴン・サープ
オルテル:ケヴィン・デス
シュワルツ:ステファン・モーシェク
フォルツ:ケリー・アンダーソン
夜警:ケリー・アンダーソン
1995年9月20日~27日(ライヴ)
シカゴ、オーケストラ・ホール
未聴なのですが、気になったので掲げておきます。ウィーン・フィル盤に十分満足してしまっているので購入していませんが、もしかしたら、こちらのほうがよいのかな? 気になります。同じ指揮者で再録音させてくれるとは、DECCAは太っ腹な会社ですね。
⑦
オイゲン・ヨッフム
ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団
(合唱指揮:ヴァルター・ハーゲン=グロル)
ザックス:ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ
ヴァルター:プラシド・ドミンゴ
エファ:カタリーナ・リゲンツァ
ダフィト:ホルスト・R・ラウベンタール
マグダレーネ:クリスタ・ルートヴィヒ
ポーグナー:ペーター・ラッガー
フォーゲルザング:ペーター・マウス
ナハティガル:ロベルト・バニュエラス
ベックメッサー:ローラント・ヘルマン
コートナー:ゲルト・フェルトホフ
ツォルン:ローレン・ドリスコル
アイスリンガー:カール=エルンルト・メルカー
モーザー:マルティン・ヴァンティン
オルテル:クラウス・ラング
シュヴァルツ:イヴァン・サルディ
フォルツ:ミオミール・ニコリク
夜警:ヴィクター・フォン・ハーレム
録音:1976年3-4月
ベルリン、イエス・キリスト教会
なんでも歌えるディースカウと、なんでも歌ってみせるドミンゴ。この二人の歌に違和感を覚えなければ、総合点が高い演奏だと思います。名歌手が揃っていますし、端役も優れています。マグダレーネ役のルートヴィヒとか、ベックッサー役のヘルマンとか。
個人的にはこのドミンゴは名唱だと思っています。でも、今回の歌手陣で別格ともいえる巧さを発揮しているディースカウはディースカウとしか聴こえない……。
ヨッフムの指揮は、最初は几帳面過ぎると思いましたが、しばらく聴くとその折り目正しさが好ましく思えてきます。バランス感覚が優れているので心地良いです。
録音も良くて、最初に書いたように、二人の名歌手を意識しないで聴けば、これはひとつの理想的な録音と言えるのではないでしょうか。
-*-*-
順番からすると次回は「ジークフリート」なのですが……。