一度は記事にしてみたかった曲。連日猛暑が続いていますので,夏らしい曲ということで取り上げてみました。この曲のどこが夏らしいのか。暑苦しいところ。
いや,純粋に伊福部昭の音楽を取り上げたかったのです。
「SF交響ファンタジー」は、伊福部昭(1914年‐2006年)が作曲した東宝特撮映画のための音楽を1983年に演奏会用管弦楽曲として編曲した作品です。第1番から第3番,交響ファンタジー「ゴジラvsキングギドラ」の4曲があります。今回は最も有名でよく演奏され,聴かれているであろう第1番。
伊福部昭:SF交響ファンタジー第1番
SYMPHONIC FANTASIA No.1
編成(3管編成):
ピッコロ、フルート2、オーボエ2、イングリッシュホルン、クラリネット2、バスクラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン2、バストロンボーン、チューバ、ティンパニ、大太鼓、スネアドラム2、吊りシンバル、トムトム2、タムタム、コンガ、ハープ、ピアノ、弦五部。
楽曲(片山杜秀氏による3種類の解説より抜粋。):
01 ゴジラの動機
Adagio grottesco。ゴジラの動機が鳴り響く。1オクターヴを構成する12の音程が全部使われた半音階的旋律によるグロテスクな音楽である。この動機は,無論,様々に装いを凝らしつつ,ゴジラ・シリーズ全体に多用されているが,ここでは,『三大怪獣,地球最大の決戦』(1964年,本田猪四郎監督)で,夜の太平洋上にゴジラが出現する場面のためのアレンジ(M9)が用いられている。
(↑次の02 間奏部も含んでいます。)
02 間奏部
8小節の接続部。2/4と7/4が交替する,特徴的なリズム・パターンが4度,クレッシェンドかつアッチェレランドしながら反復される。(くりかえされるラシドという音型は次の『ゴジラ』のテーマ,ドシラの逆行だ。)
03 「ゴジラ」タイトル・テーマ
Allegro。かの有名な『ゴジラ』(1954年)のタイトル・テーマ(M1,M16)。
ドシラ・ドシラ・ドシラソラシドシラが2×4+1のいびつな九拍子を形成する,寸詰まりでいらついた行進曲は,劇中ではゴジラにかなわないので焦る自衛隊(略)のための音楽だったのだが,いつの間にか,それが世間からゴジラじたいの動機と認識されるようになった。奇数拍子の焦燥感が自衛隊以上にゴジラの無軌道さと交感してしまったのだろうし,ドシラとゴジラが期せずして語呂合わせになったことも関係しているのだろう。
Gojira 1954 Main Theme (ゴジラのテーマ)
04 「キングコング 対 ゴジラ」タイトル・テーマ
『キング・コング 対 ゴジラ』(1962年,本田猪四郎監督)のタイトル・テーマ(M1)。原曲には,南方語による混声合唱が付されている。
05 「宇宙大戦争」夜曲
Lento cantabile。イオニア音階による愛の主題。『宇宙大戦争』(1959年,本田猪四郎監督)に於ける,池辺良と安西郷子のカップルのための愛のテーマが,濃厚に奏でられる。但し,この編作の直接の下敷きになったのは,ほぼ同じ楽案による,別の映画のためのスコアらしい(原曲未詳)。
06 「フランケンシュタイン 対 地底怪獣」バラゴンのテーマ
Adagio Grottesco。『フランケンシュタイン 対 地底怪獣』(1965年,本田猪四郎監督)の,白根山中にバラゴンが出現し,ひと暴れする場面の音楽(M22B,M23)。金管が凶暴に半音階的に叫ぶバラゴンの動機。
07 「三大怪獣 地球最大の決戦」
『三大怪獣 地球最大の決戦』から,ゴジラとラドンの戦い,及び,それを尻目に夏木洋介と伊藤久哉が若林映子争奪戦を繰り広げるシーンの音楽(M14,M16,M17)。01のゴジラの動機に,トランペットに担われるラドンの半音階的な動機が重なり,両者の闘争を表現する。
08 「宇宙大戦争」タイトル・テーマ
リディア音階的かつ軍楽隊的な『宇宙大戦争』のタイトル・テーマ(M2)。4小節のファンファーレをリピートした後,Tempo di Marciaになる。
09 「怪獣総進撃」マーチ
ヴァイオリン,ヴィオラ,オーボエ,コール・アングレにって提示される5音階風でやや田園的に軽やかな『怪獣総進撃』(1968年,本田猪四郎監督)のマーチが加わる。これは,主旋律のみのスケッチに基づき,新しくオーケストレーションし直されたもの。この後,『宇宙大戦争』のタイトル・テーマが復帰し,再び『怪獣総進撃』マーチへ。
10 「宇宙大戦争」戦争シーン
『宇宙大戦争』のナタール人の月面基地を,千田是也率いる地球軍が攻撃するシーンの音楽(M26,M32,M34)によって,激越なフィナーレが形勢され,コーダに至る。
以上が切れ目なく演奏されます(演奏時間:約15分)。広上淳一/日本フィル盤はトラック分けされているので便利♪
ここまでいろいろ書きましたが,忘れてください。知らなくてもよいことです♪
私は上記の解説に出てくる映画はほとんど観たことがありませんが,音楽を聴いているうちに観た気になってしまうから不思議です。
YouTube
小松一彦/東京交響楽団
石井眞木/札幌交響楽団
原田幸一郎/新交響楽団
石丸寛/新星日本交響楽団
ゴジラ - 続・三丁目の夕日
石井眞木(指揮)
新交響楽団
fontec 1984年11月23日
東京文化会館
13分28秒。伊福部昭に作曲を学んだ石井眞木の指揮による演奏です。東京文化会館という残響が少ない
会場での録音のせいか,ただでさえシンプルな響きがより一層際立ってモノクロの映画のオリジナルBGMに近い雰囲気がありますね。早めのテンポでぐいぐい進んでいくので,直線的な迫力がありますが,力押し一辺倒というわけでもなく「宇宙大戦争」夜曲のような曲ではぐっとテンポを落として豊かに歌っています。熱演であり小気味良い演奏ではあるのですが,潤いのない録音による乾いた響きのため,繰り返し聴くと飽きてしまうかもしれません。シンバルやタムタムがもうちょっと音量豊かだったら聴き応えがあると思います。他に,交響頌偈「釈迦」を収録。
小松一彦(指揮)
東京交響楽団
EMI CLASSICS 1989年4月8日
ゆうぼうと(簡易保険ホール)
15分03秒。今年の3月30日に亡くなった小松一彦の指揮による演奏です。シンバルやタムタム,スネアその他の打楽器はこれぐらいの音量で派手に鳴らして欲しいものです(鳴らし過ぎかな?)。弦楽器もしっとりとして,かつ量感もあり,好ましいですね。録音会場の「ゆうぼうと」は音響の良いホールだったという記憶がありますが,今回の4枚の中では最も優秀な録音だと思います。演奏はテンポの緩急差が大きい大変ドラマティックかつロマンティックな大熱演で,そのねっとりとした歌はカロリー満点であり,これを聴いた後に聴くCDは不利です。大満足の1枚。現在はTOWER RECORD限定販売(最新リマスタリング)で,他に交響頌偈「釈迦」を収録。
小松一彦は生前「日本は初心者と専門家に分かれていて,真ん中の八割を占めるはずの聴衆がいない」と残念がっていたそうですが,真ん中の八割になりたいものです。
広上淳一(指揮)
日本フィルハーモニー交響楽団
キングレコード 1995年8&9月
セシオン杉並ホール
14分53秒。この曲でお薦めを尋ねられたらこのCDが一番最初に思い浮かぶかもしれません。ひとつめは最も入手しやすそうだからという理由,ふたつめは最も標準的な演奏だからという理由からです。解説が片山杜秀さんだし,細かくトラック分けされていてどこがどの部分なのかも分かり易いので至れり尽くせりの決定盤でしょう。標準的な演奏と書いてしまいましたが,理想的な演奏と書き換えたほうがよいでしょう。ただ,この演奏も石井眞木指揮のCDと同様,デッドな録音ですので,オーケストラの響きも乾いた感じが強いです。それでも,演奏・録音共にこの曲の最上の記録を残そうという気概が感じられますので,このCDを第一に選ぶべきなのでしょうね。他の人もそう言ってますし。
このCDでは他に「SF交響ファンタジー第2番」「同第3番」「倭太鼓とオーケストラのためのロンド・イン・ブーレスク」を収録しています。
ドミトリ・ヤブロンスキー(指揮)
ロシア・フィルハーモニー管弦楽団
Naxos 2004年5月3-12日
ロシア国営TV&ラジオ・カンパニー,
第5スタジオ
13分06秒。ロシアの指揮者とオーケストラによる演奏だという先入観をもたないで聴こう。私はあまり違和感を感じないで聴けました。とはいえ,日本人指揮者とオーケストラによる演奏のおどろおどろしい雰囲気とはちょっと違うし,メロディの節回しも演歌調でなくてスマート。オーケストラの響きのせいもあって,あまり泥臭くなく明るめで色彩感が増したよう。外国人が喋る日本語に似た演奏です。どちらかといえばマーチのほうがスムーズな演奏になっていますね。こういうのも面白いなぁと思います。他に「シンフォニア・タプカーラ」「ピアノとオーケストラのためのリトミカ・オスティナータ」を収録。このCDは,文字ぎっしりの片山杜秀氏の解説だけでも購入する価値があると思いますよ。
夜に浮き出るその黒いかたちに,「先生の音楽には和声が本質的に欠如している」と弟子の黛敏郎に言わしめた,伊福部昭の厚く暗く重いモノクロームな音楽がかぶるとき,御霊としてのゴジラはいよいよ完全なる姿を現し,不滅の負の破壊的生命を得るのである。片山杜秀「音盤博物誌」(ARTES)の「ドシラとゴジラ」より