ドヴォルザークの3曲の協奏曲ではなんといってもチェロ協奏曲が有名で、ドヴォルザークの、というよりもチェロ協奏曲の名曲中の名曲なのですが、次いでヴァイオリン協奏曲がよく演奏されています。有名なヴァイオリニストが、全員とは言いませんが、録音しています。今回いろいろ聴き比べた結果、私のヴァイオリン協奏曲ランキングで急上昇し、シベリウスのヴァイオリン協奏曲と同じくらい好きになりました。取り上げるCDも最初は数枚にする予定でしたが、調子に乗って多くなってしまいました。
アントニン・ドヴォルザーク:
ヴァイオリン協奏曲 イ短調 作品53 B.108
第1楽章 Allegro ma non troppo
第2楽章 Adagio ma non troppo
第3楽章 Finale: Allegro giocoso ma non troppo
I:10分、II:10分、III:10分で約30分くらいの曲です。
Dvořák: Violin Concerto in A minor, op. 53
Lisa Batiashvili, violin
hr-Sinfonieorchester (Frankfurt Radio Symphony)
Conductor: Paavo Järvi
(これは名演!)
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
ダヴィド・オイストラフ(vn)
ソヴィエト国立交響楽団
キリル・コンドラシン(指揮)
1949年
【決定盤】
これは市販されているCDによって音質が異なり、劣悪なものもあります(オーケストラの音が歪みっぽく、強音時に割れるのはダメなCDです)。画像のCDは良好で、モノラルとはいえ1949年という時代を感じさせないものですし、ヴァイオリンがオンマイクで直接的な迫力があり、楽器の音色も美しく、1951年盤よりも張りがあって、こちらの方が好ましく思えます。オイストラフは速めのテンポでぐいぐいと弾き進め、歌うべきところはテンポを落としてたっぷり聴かせ、総合的には音楽の推進力が素晴らしいです。古い録音が気にならない人であれば、まずこれを選んでいただきたいと思います。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
ダヴィド・オイストラフ(vn)
モスクワ放送交響楽団
キリル・コンドラシン(指揮)
1951年
【お薦め】
全盛期のオイストラフのなんと素晴らしいヴァイオリンでしょう。録音の古さ(次のマルツィ&フリッチャイ盤よりヴァイオリンが鮮明です)も忘れて聴き惚れてしまいました。王者の風格を持ち、太くたくましく豊かな音色でぐいぐい弾いていきますが、繊細さも持ち合わせており、切々と歌うメロディに心を惹かれ、神経質でなく、健康的なところが好ましく思えます。コンドラシンの指揮も生き生きとオーケストラを歌わせ、ヴァイオリンを盛り立てています。歴史的名盤でしょう。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
ヨハンナ・マルツィ(vn)
ベルリン・リアス交響楽団
フェレンツ・フリッチャイ(指揮)
1953年6月10-12日
ベルリン
ルーマニア出身のハンガリーで活躍した女流ヴァイオリニスト、ヨハンナ・マルツィ(1924-1979)は今でも人気があり、CDだけでなくLPも発売されています。Deutsche Grammophon盤とはいえ、レンジが狭く、さすがに録音の古さ(もちろんモノラル)を感じさせますが、マルツィの音楽へのひたむきさ・集中力が心を打ちます。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
ナタン・ミルシティン(vn)
ピッツバーグ交響楽団
ウィリアム・スタインバーグ(指揮)
1957年
【決定盤】
この演奏は「ナタン・ミルシテイン/キャビトル、EMI録音集」という8枚組BOXのCD6に収められていて、それをSportifyで聴いてみたのですが、疑問があります。HMV&BOOKSで調べると、このドヴォルザークは「1957年モノラル」と記されているのですが、左右目一杯に広げているわけではないけれど、独奏は中央、オーケストラのヴァイオリンは左側、低弦は右側から聴こえますので、これはステレオ録音では?(名曲名盤500ではステレオを示すSの文字があります) なお、テープヒスノイズは聴こえず、鮮明な録音で、もっと後の時代の録音のように思えます。今回はフリューベック・デ・ブルゴス指揮ニュー・フィルハーモニア管との1966年録音を聴くことができませんでしたが、それを上回るかもしれません。
前置きが長くなりましたが、ミルシテインのヴァイオリンが素晴らしいです。楽器を縦横無尽に操る洗練されたテクニック、楽器を目一杯鳴らした甘く美しい音色、音楽への没入の仕方等、この演奏で聴けば、この協奏曲が好きになれるはずです。ドヴォルザークらしい土臭さから離れた都会的でお洒落な演奏ですが、このヴァイオリンは凄いと思いました。ミルシテインは真に偉大なヴァイオリニストでした。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
ヨゼフ・スーク(vn)
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
カレル・アンチェル (指揮)
1960年9月1日
【決定盤】
1960年の録音なので古さを感じますが、歴としたステレオ録音です。ヨゼフ・スークはドヴォルザークの曾孫ですが、そうでなくてもチェコの名ヴァイオリニストであることには変わりありませんし、アンチェルが指揮するチェコ・フィルの伴奏で聴けるのがとてもありがたいです。スークのヴァイオリンは、誠実さだけでなく、この曲に関しては自信に満ち、楽器の音色も美しく、安定感が抜群です。また、人懐っこさのようなものを感じさせ、 その音楽は常に微笑んでいるようです。アンチェルが指揮するチェコ・フィルも、郷土色に寄りかからないものと言いたいところですが、やはり血は争えないというか、ドヴォルザークらしさが色濃く滲み出たものとなっています。チェコ・フィルのいぶし銀の響きが、ドヴォルザークにふさわしいのです。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
アイザック・スターン(vn)
フィラデルフィア管弦楽団
ユージン・オーマンディ(指揮)
1965年3月22日
【決定盤】
ヴァイオリン協奏曲というジャンルにおいてスターン&オーマンディ/フィラデルフィア管というブランドは私にとってかけがえのないものです。このコンビによるメンデルスゾーンやチャイコフスキーを何度繰り返し聴いたことか。CDで買い直したら、メンデルスゾーンのカップリングはドヴォルザークの協奏曲でした。興味の無い曲だったのですが、やはりこのコンビで聴くと素晴らしく、ブラームスのヴァイオリン協奏曲のように聴こえます(ちなみにブラームスが作曲されたのは1878年、ドヴォルザークは1879年で1年しか違いません)。この頃のスターンの巧いこと。甘く美しい音色、強靱さ・スケールの大きさ。私が言うまでもありませんが、古の大ヴァイオリニストにも引けを取りません。オーマンディが指揮するフィラデルフィア管弦楽団も、シンフォニックで充実した響きですが、独奏がオーケストラに埋もれないよう、録音がソロを上手に持ち上げています。そうした効果もあって、これは大変聴き甲斐のある演奏となっています。もしかしたら、これはドヴォルザークらしくない演奏なのかもしれないけれど、らしさを求めるのであれば、ヨゼフ・スーク&カレル・アンチェルをお薦めします。これはこれで名盤です。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
イツァーク・パールマン(vn)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
ダニエル・バレンボイム(指揮)
1974年
パールマンの巧いこと。まさにヴァイオリンを弾くために生まれてきたような人で、身体と楽器が一体となって素晴らしい音を紡いでいます。ただ、ドヴォルザークらしさを感じさせないタイプの演奏で、その最たるものであるように思われます。バレンボイムの指揮が雄弁でなかなか良いだけに惜しいと思います。ただ、EMIの録音はこの年代にしては古めかしさを感じさせるのが困ったもので、これで録音が良ければもう少し印象が良くなったと思います。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
ヨゼフ・スーク(vn)
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
ヴァーツラフ・ノイマン(指揮)
1978年1月
プラハ,ルドルフィヌム
【お薦め】
スークの再録音です。指揮はノイマンに変わりました。録音が新しいので、オーケストラが鮮明であり、独奏は細部まで聴き取ることができて実在感があります。ただ、再生装置によってはヴァイオリンの音が神経質に聴こえ、自信と余裕に満ちた旧盤のほうが上です。スークはアンチェル盤がお薦めですが、音楽に奉仕するタイプであるスークの演奏には味わい深さがあって、初めて購入する人には、こちらのほうが良いかもしれません。第2楽章の懐かしい歌も健在ですし、第3楽章の清々しさも魅力的です。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
塩川悠子(vn)
バイエルン放送交響楽団
ラファエル・クーベリック(指揮)
1979年11月2日(ライヴ)
ミュンヘン,ヘルクレスザール
Wikipediaによれば塩川悠子は「1967年、ラファエル・クーベリックから父ヤン・クーベリックの愛器だった1715年製ストラディヴァリウス『エンペラー』の貸与を受け、2000年まで使用していた」とあります。このライヴは塩川悠子の独奏にクーベリックの指揮という貴重な記録です。クーベリックの指揮は割とあっさり目でクール、あまり情熱を感じません。塩川の独奏もマイクが遠いせいか、客観的な演奏に聴こえてしまいます。よく聴けばテンポの揺らし方など、感興が豊かであることがわかりますが、全体的にはきれいに流れる心地良い演奏という感じです。名器「エンペラー」は確かに美しい音なのですが。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
サルヴァトーレ・アッカルド(vn)
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
コリン・デイヴィス(指揮)
1979年11月
【お薦め】
「パガニーニの再来」と言われたアッカルドは確かに巧いです。この録音は独奏の音がかなり大きく拾われていて、アッカルドの名人芸を堪能できる演奏となっています。独奏の楽譜が目に浮かぶような演奏で、単に技巧が優れているだけでなく、それを十分活かした上でよく歌い、自由にテンポを揺らし、これは最後まで耳が離せない演奏でした。技巧映えのする第1楽章・第3楽章より美しい第2楽章のほうが説得力の演奏となっているのが素晴らしいです。いやぁ、それにしてもアッカルド、やっぱり巧いです。難しい箇所が難しいとちゃんと分る演奏です。
C. デイヴィスが指揮するコンセルトヘボウ管も大変素晴らしく、美しさに加え、厚みと迫力があるのですが、先述のとおり、録音ならではのバランス配分により、独奏がオケに埋もれることがなく、きちんと聴き取れるのがありがたいです。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
チョン・キョンファ(vn)
フィラデルフィア管弦楽団
リッカルド・ムーティ(指揮)
1988年
「チョン・キョンファが出産からの復帰後、再び意欲的なレコーディングを開始するきっかけとなったディスク」なのだそうです。バックがムーティ指揮フィラデルフィア管というのが豪華ですね。ゴージャスな響きがしますが、さすがにこのような力業で来る伴奏では、独奏を大きめに拾っても聴き劣りがしてしまいます。それにこの録音、独奏がピンぼけになっており、シャープではありません。これだからEMIの録音は!と言いたくなります。録音はともかくとして、チョン・キョンファの演奏、そんなに悪くないです。これより以前のピーンと張り詰めた緊張感が良い意味でほぐれてきて親しみやすい演奏になっていると思います。ただ、その弛緩が物足りなさを生んでいるのも事実で、どうしてもこれを選ばなければならないという理由が見い出せません。録音がもう少し良ければと思いますが。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
ヴァーツラフ・フデチェク(vn)
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
イルジー・ビエロフラーヴェク(指揮)
1988年12月21-22日
Dvorák Hall of Rudolfinum, Prague, Czech Republic
【お薦め】
フデチェックのドヴォルザークは複数あり、スメターチェク指揮ムジチ・デ・プラハによる1972年録音もありますが、新録音のほうを聴いてみました。チェコ・フィルのやや暗めのくすんだ響きがドヴォルザークらしくてよく、そこにフデチェクのやはり暗い情熱を秘めたヴァイオリンが絡みます。音量やテンポが落ちてしんみりとした場面がとても美しく、特に第2楽章は故郷の歌という感じです。第3楽章のリズムもチェコの演奏家ならではのノリを示します。チェコのヴァイオリニストとチェコの指揮者、チェコのオーケストラで聴きたいという人に強くお薦め。ドヴォルザークを満喫できる演奏です。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
五嶋みどり(vn)
ニューヨーク・フィルハーモニック
ズービン・メータ(指揮)
1989年5月11-13日
ニューヨーク,エイヴリー・フィッシャー・ホール
【お薦め】
五嶋みどりの「タングルウッドの奇跡」は1986年ですが、この頃は五嶋みどりが最も五嶋みどりらしかった頃の演奏かもしれません。あっさりしているようでいて、非常に内容が濃い演奏です。音楽の泉がこんこんと湧き出ているような豊かな演奏。音楽があどけないところもありますが、それだけ純粋に聴こえます。ドヴォルザークの仄暗い情熱とはちょっと違う、別の作曲家の曲のようにも聴こえますが、聴けば聴くほどすごい演奏のように思えます。3回目を聴きながら、これを書いているのですが、五嶋みどりは凄かった(今でも凄いのでしょうけれど)と思わざるを得ません。音楽の格が1ランク上がったようにさえ思えてしまう、そんな演奏です。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
パメラ・フランク(vn)
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
チャールズ・マッケラス(指揮)
1997年4月
Rudolfinum, Prague, Czech Republic
アメリカの女流ヴァイオリニストであるパメラ・フランク(1967-)は、 1999年にはエイヴリー・フィッシャー賞を女性として初めて授与され、アメリカで最も名誉ある器楽奏者の一人なのだそうです。
この演奏はなかなか良いです。それにはマッケラス指揮チェコ・フィルの魅力的な伴奏も貢献しており、管楽器をかなり大きめ(時には独奏と互角なぐらい)に拾った録音が彩りを添えています。ドヴォルザークを聴いているという気持ちにさせてくれる演奏です。パメラ・フランクは後述のムターほどでは全然ありませんが、表情づけが大きめで分かり易い演奏です。ただ、もう少し心に訴えかけてくれる何ががあればと思います。これだけの枚数を一度に聴くと、その「何か」を求めたくなるのです。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
マキシム・ヴェンゲーロフ(vn)
ニューヨーク・フィルハーモニック
クルト・マズア(指揮)
1997年10月
マズア指揮のニューヨーク・フィルは古武士のようです。ヴェンゲーロフはこの録音の10年後に右肩の故障のため、ヴァイオリニストとしての演奏活動を休止(2011年から復活)してしまうのですが、この頃は万全です。やや遅めのテンポでもって、水が滴るような艶やかで美しい音色で、ドヴォルザークの旋律を感興豊かに歌っています。この記事に登場するヴァイオリニストの多くはストラディヴァリウスを弾いているのでしょうけれど、ヴェンゲーロフも1727年製のストラディヴァリウス「クロイツェル」を弾いており、ハイフェッツが使用した弓を使っているのだとか。低音から高音までムラの無い音色で抜群の安定感があり、安心して聴くことができる反面、音楽との格闘みたいな、心の内から込み上げてくるような、ドロドロしたものを聴かせてほしいという欲求もあります。マズアの指揮同様、あまりに安全運転に過ぎやしないかと。その点、第2楽章はとても美しいです。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
ガブリエラ・デメテロヴァー(vn)
プラハ交響楽団
リボル・ペシェク(指揮)
1999年6月22-23日
彼女のHP(Gabriela Demeterovaで検索してください)に詳しく紹介されているのですが、デメテロヴァーは3歳でヴァイオリンを弾き始め、5歳で公演し、その後は多くのコンクールで受賞し、世界中のオーケストラのソリストとして活躍しているそうです。2005年2月には尾高忠明/札幌交響楽団と共演し、多くの注目を集めたのだとか。
実はあまり期待しないで聴いたのですが、これがなかなか良かったのです。録音は今ひとつ冴えない感じがしますが、ペシェク指揮のプラハ響の野太い響きのもと、デメテロヴァーが切々とドヴォルザークの美しいメロディを歌い上げています。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
諏訪内晶子(vn)
ブダペスト祝祭管弦楽団
イヴァン・フィッシャー(指揮)
1999年12月
ブダペスト
今さらですが、諏訪内晶子は1989年にエリザベート王妃国際音楽コンクールで第2位受賞、1990年に史上最年少でチャイコフスキー国際コンクールに優勝しており、そのライヴ盤を聴いてこれはすごいヴァイオリニストだと驚嘆した記憶があります。ドヴォルザークの協奏曲は「ツィゴイネルワイゼン~パッション」というアルバムに収録されており、諏訪内らしい抑制の効いたパッションでと豊かな技巧とで美しく歌い上げており、とても好感がもてます。ただ、I. フィッシャーの指揮がドヴォルザークにぴったりで素晴らしく、それに比べると諏訪内の演奏は若干聴き劣りがするようにも思えます。今回聴き比べた中では、明らかに上位だと思いますが、自信をもって「お薦め」を付けられないのは、諏訪内の演奏がまとまりが良すぎるからでしょうか。
なお、諏訪内晶子の楽器は、世界三大ストラディヴァリウスのひとつである「ドルフィン(Dolphin)」(1714年製)ですが、2000年8月からの貸与なので、この頃は別の楽器なのでしょう。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
サラ・チャン(vn)
ロンドン交響楽団
コリン・デイヴィス(指揮)
2001年
今回は意識して女流ヴァイオリン奏者を多めに取り上げています。チェロ協奏曲には及ばないけれど、ヴァイオリニストにとってこんなに大切な協奏曲なのだということを言いたいがために。
これは韓国系アメリカ人ヴァイオリニスト(ドロシー・ディレイ門下)のサラ・チャン(21歳時)による演奏です。
冒頭はデイヴィスの指揮のロンドン響の堂々たる響きが素晴らしいです。続く、サラ・チャンも苦悩する激しいヴァイオリンを聴かせて聴く者の心を鷲掴みにします。感情移入が激しいのはドヴォルザークの場合、有効に働きます。きれい事で終るものが多い中、なかなか貴重な演奏と言えましょう。いや、サラ・チャンのヴァイオリンは十分美しいのですが。第2楽章もただ甘美な音楽とするのではなく、憧れと寂しさに満ちた音楽としています。第3楽章も元気のよいオーケストラに支えられ、サラ・チャンは伸びやかに歌いますが、しかし、どこか屈折した暗さを思わせる物憂げなヴァイオリンであります。
評判のよくないEMIですが、この録音は優れていますね。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
イザベル・ファウスト(vn)
プラハ・フィルハーモニア
イルジー・ビエロフラーヴェク(指揮)
2003年9月
【決定盤】
今やヴァイオリン界の女王とまで言われているファウストのドヴォルザーク。ビエロフラーヴェクが指揮するプラハ・フィルのきびきびとした演奏に、この人らしい、きめの細かい感情豊かファウストのヴァイオリンがとても素晴らしいです。少なくともこれを聴いている間は他を忘れるほど見事な演奏です。この録音に使用した楽器は、1704年製ストラディヴァリウス「スリーピング・ビューティー(長く演奏されることがなかったためにこの名がついた)」でしょうか。この楽器をファウストが弾くようになったのは1996年、美しく響くようになるまで数年かかったそうで、まさにファウストが求める光り輝く音色、うっとりと聴き惚れます。とてもエレガントなドヴォルザークです。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
ジェイムズ・エーネス(vn)
BBCフィルハーモニー管弦楽団
ジャナンドレア・ノセダ(指揮)
2004年10月
「地球上に存在する完璧なヴァイオリニストの1人」(英デイリー・テレグラフ紙)と言われているエーネスのドヴォルザーク。楽器は1715年製ストラディヴァリウス「マルシック(Marsick)」。エーネスのヴァイオリンは悩める若者(この時28歳)という感じで、ナイーヴです。この協奏曲であればもっと太い音色でたくましく弾いてほしいと思うのですが、抒情的な部分が美しく、それゆえ第2楽章が最も出来がよいということになります。なよなよしたところもありますが、途中で終わりにすることができず、ついつい耳を傾けてしまいました。ヴァイオリンを歌わせるのが上手い人です。
ノセダ指揮BBCフィルの演奏が良いです。オーケストラを力いっぱい鳴らし、サウンドが立体的に構築され、大変シンフォニック。静かな場面においても木管の歌わせ方が秀逸で美しいです。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
アラベラ・美歩・シュタインバッハー(vn)
ベルリン放送交響楽団
マレク・ヤノフスキ(指揮)
2009年5月
ベルリン放送局スタジオ
ドイツ人の父親と日本人の母親との間に生まれたアラベラ・シュタインバッハーのドヴォルザークで、これは彼女の8番目のCDにあたるのでしょうか。実に堂々たる恰幅の良い演奏ですが、いささか大味に感じるところもあり、聴いていて後を引かないのが残念です。
ちなみに、アラベラの使用楽器は、日本音楽財団より貸与されている1716年製ストラディヴァリウス「ブース(Booth)」です。
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 Op.53
アンネ=ゾフィー・ムター(vn)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
マンフレート・ホーネック(指揮)
2013年6月
ベルリン,フィルハーモニー
【決定盤】
この演奏を初めて聴いた時には、ドヴォルザークの決定盤に巡り会ったと思い、感動しました。ムターのヴァイオリンは今回の紹介盤のどれよりも表情が濃く、悪く言えば厚化粧なのですが、この曲に馴染みの無い人が聴けば、きっと圧倒されることでしょう。私自身、改めてこれを聴き、凄いと思ってしまいました。古の大ヴァイオリニストにも引けを取らない豊かな音色と技巧をもって、自分の全てをさらけ出しているような演奏です。
ホーネックの指揮も素晴らしいです。今回聴いた中では間違いなくトップレベルでしょう。しかし、ムターはベルリン・フィルに全く引けを取らない、スケールの大きなヴァイオリンを聴かせているのです。大したものです。ムターの強烈な個性とドヴォルザークの音楽がうまく噛み合って、幸福な結果となりました。
私が購入したCDにはDVDも付いている(さっき気がつきました!)のですが、これは観たことがありません。もったいないないことです。