ワーグナー「さまよえるオランダ人の名盤」という記事でブログを再開したのが、2017年5月21日なので、ちょうど1年が経過しようとしています。1年も続けられるとは思っていなかったので感無量です。本当に皆様のおかげです。
さて、再開1周年記念というわけでもないのですが、「管弦楽曲」の書庫にこの曲がないのは寂しいと常々思っていましたので、取り上げることにしました。全く書かなかったわけではなく、小澤征爾の録音を取り上げたことがあったのですが、複数の演奏を聴き比べるのは今回が初めてです。
実は、この曲に対して若干の苦手意識があり、これまで積極的に聴いてこなかったのです。しかし、この一週間、これだけを聴き、素晴らしい作品と思うようになりました。そのようなわけで、今回は力を入れて取り組もうと考えています。(今週も忙しく、仕事が煮詰まると、頭の中に「古城」や「ビドロ」が響くほどに聴きこみました。)
下調べのために、いろいろなサイトを覗いてみたのですが、有名曲だけあって、語り尽くされていますね。録音数も非常に多く、多くの指揮者が取上げていますし、何度も繰り返し録音している人もいます。この曲には、演奏者にとっても、魅力的なのでしょう。
原曲であるピアノ版の録音もすごく多いのですが、今回はラヴェルの管弦楽曲編曲版を中心に聴きたいと思います。(ラヴェル以外の管弦楽編曲版も取上げます。)
【作曲者】
モデスト・ペトローヴィチ・ムソルグスキー
Моде́ст Петро́вич Му́соргский
Modest Petrovich Mussorgsky
1839年3月21日(生)- 1881年3月28日(没)
【タイトル】
展覧会の絵(日本語)
Картинки с выставки(露語)
Pictures at an Exhibition(英語)
Tableaux d'une exposition(仏語)
Bilder einer Ausstellung(独語)
【組曲の構成】
・各プロムナードは1曲として数えない(ようです)。
・各プロムナードと直後の曲は、アタッカで繋げられる。
・ラヴェル管弦楽編曲版では、第5プロムナードは省略される。
・「リモージュの市場」から「死せる言葉による死者への呼びかけ」まで、
「バーバ・ヤガー」と「キエフの大門」もアタッカで繋ぐ指示あり。
・「カタコンベ」と「死せる言葉による死者への呼びかけ」は、
1曲として数える。
(「死せる~」は、第6プロムナードだと思っていました。)
第1プ ロムナード
(Promenade)
01 グノム
(Gnomus)
第2プロムナード
(Promenade)
02 古城
(Il vecchio castello)
第3プロムナード
(Promenade)
03 テュイルリーの庭-遊びの後の子供達の口喧嘩
(Tuileries, Dispute d'enfants apres jeux)
04 ビドロ
(Bydlo)
第4プロムナード
(Promenade)
05 卵の殻をつけた雛の踊り
(Ballet des poussins dans leurs coques)
06 サミュエル・ゴールドベルグとシュミイレ
(Samuel Goldenberg et Schmuyle)
第5プロムナード
(Promenade)
07 リモージュの市場
(Limoges, Le marche)
08 カタコンベ - ローマ時代の墓
(Catacombae, Sepulcrum romanum)
死せる言葉による死者への呼びかけ
(Con Mortuis in lingua mortua)
09 鶏の足の上に建つバーバ・ヤガーの小屋
(La cabane Baba-Yaga sur des Pattes de poule)
10 キエフの大門
(La grande porte de Kiev)
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
セルゲイ・クーセヴィツキー
ボストン交響楽団
1930年10月28-30日
ボストン,シンフォニー・ホール
【お薦め】
名指揮者クーセヴィツキー(1874年-1951年)の依頼により、「オーケストレーションの天才」「管弦楽の魔術師」と呼ばれるモーリス・ラヴェル(1875年-1937年)が管弦楽曲に編曲したのが1922年、同年10 月19日にパリ・オペラ座でクーセヴィツキー指揮により初演され、彼が常任指揮者を務めていたボストン交響楽団が演奏したのは1924年11月7日のことでした。そして、初めての録音されたのは1930年、つまりこの演奏となります。
録音というのは大変ありがたいもので、クーセヴィツキーの指揮で聴けるという、それだけで感動してしまいます。
気になるのは音質で、歴史的な価値はあるものの、鑑賞用にはならないというのが通常のオチなのですが、この1930年の録音のあまりの高音質に驚きます。もちろん「当時としては」という前提条件付きですが、この時代に大規模管弦楽曲をこの水準で録音できたなんて奇跡のようです。NAXOSの復刻だと針音が上手にカットされていますので、お薦めです。
演奏は、現在のものには聴かれないテンポ・ルバートがあったりしますが、初演の指揮者だけあって、手慣れたものを感じますし、各曲の性格描写が巧みで、後の世の規範となる演奏でしょう。「展覧会の絵」が好きな人の必聴盤です。
クーセヴィツキーには、さらに複数(4種類?)の録音がありますが、それらは未聴です。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
アルトゥール・トスカニーニ
NBC交響楽団
1952年1月7日(モノラル)
ニューヨーク,カーネギー・ホール
【お薦め】
これを初めて聴いたとき、これはあらゆる管弦楽曲のあらゆる録音の中で最高位に属するものだと感動しました。かつて、これほどの指揮者と管弦楽団が存在していたのです。これは少しでも良い音で聴きたいと思い、「XRCD24」(最もオリジナルなアナログ・マスターテープを探し、細心の注意を払ってマスタリングされたCD)を購入しました。
トスカニーニ(1867年-1957年)は、クーセヴィツキーの独占演奏権が切れた直後の1930年に、ニューヨーク・フィルを指揮して初めて「展覧会の絵」を演奏しました。以来、たびたび取上げ、ラヴェル編曲版を「オーケストラ編曲における偉大な論文の一つ」と高く評価していたそうです。
演奏は、凄まじいエネルギーを放出し、かつ、繊細なもので、一見オーソドックスでありながら、細部にまで神経が行き届いたものとなっています。「キエフの大門」など圧倒的。
実は、ラヴェル編曲をトスカニーニが変更している箇所があるのですが、それがどこだか判る人はさすがです。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
イーゴリ・マルケヴィチ
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1953年2月21-25日
【お薦め】
マルケヴィチ(1912年-1983年)には1973年の録音もありますが、まずはこの演奏から聴きます。このマルケヴィチ盤からいろいろ個性的な名演が登場するようになります。第1プロムナードのベルリン・フィルのブラス・セクションの美しい響き、「グノム」の壮絶な演奏で心惹かれ、以降最後の曲まで耳が離せません。この曲にこんな表現が可能であったのかという驚き、新鮮な発見が続く、とても興味が尽きない演奏なのです。とても楽しい! この頃のベルリン・フィルのサウンドも素晴らしいと思います。
録音はモノラルですが、聴き易い(優秀なモノラル録音)もので、問題はありません。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
グィード・カンテッリ
ニューヨーク・フィルハーモニック
1953年3月20日(ライヴ)
※3月29日のライヴもある?
ニューヨーク,カーネギー・ホール
カンテッリ(1920年-1956年)は、36歳で飛行機事故により亡くなった指揮者で、先に紹介したトスカニーニ(1867年-1957年)が「私は長い経歴の中で、これほど才能のある若者に出会ったことがありません。彼はきっと成功します」と評価したほどの人でした。カンテッリが残した「展覧会の絵」は複数ありますが、この演奏を聴いてみます。
個性豊かなマルケヴィチ盤の後では、オーソドックスな演奏に思われますが、ニューヨーク・フィルを完璧にドライヴしており、若くして既に巨匠の風格が感じられます。
録音はモノラルのライヴであり、まぁこんなものだと思いますが、1951年のものよりこちらの方が録音も演奏も優れているようです。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
ヘルベルト・フォン・カラヤン
フィルハーモニア管弦楽団
1955年10月11・12日・1956年6月18日
ロンドン,キングズウェイ・ホール
ライヴや映像も含めると、7種類(?)あるカラヤン(1908年-1989年)の「展覧会の絵」の一番最初の録音です。聴き始めて少し経ってから、これがれっきとしたステレオ録音であることに気がつきます。「展覧会の絵」のような作品はやっぱりステレオ録音で聴きたいですね。演奏自体は次のミラノRAI交響楽団の方が面白いのですが、録音も含めた総合的な完成度ではこちらのほうが上で、カラヤンの語り口の巧さが光る演奏です。この頃のフィルハーモニア管弦楽団の金管セクション(「ビドロ」のソロは除く)も聴き物と言えるでしょう。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
ヘルベルト・フォン・カラヤン
ミラノRAI交響楽団
1956年3月7日(ライヴ)
カラヤン(1908年-1989年)の1956年ライヴです。若い(といってももう48歳)カラヤンの創意・工夫を至る所に聴くことができ、なかなか興味深い演奏です。全体に遅めのテンポでゆったりと旋律を歌わせているのですが、「卵の殻をつけた雛の踊り」「リモージュの市場」のような曲の瑞々しい表現は、バレエ音楽を聴いているようで、とても楽しいです。
音質は歪みっぽいのですが、ステレオ録音(!)ですので、「バーバ・ヤガー」に効果的です。「キエフの大門」も迫力満点で、ステレオ録音のありがたみを感じます。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
アンタル・ドラティ
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
1956年9月10-15日
アムステルダム,コンセルトヘボウ
【お薦め】
膨大な録音を残し、また、オーケストラ・ビルダーとして名高いドラティ(1906年-1988年)の、数種類ある「展覧会の絵」のひとつで、名門コンセルトヘボウ管を指揮した演奏です。まず「グノム」のロシア的な表現に心を奪われます。速めの「古城」も情緒豊か、弦を強く弾かせた「テュ イルリー」が楽しく、重戦車のような「ビドロ」、チャーミングな「卵の殻~」、レチタティーヴォ風の「サミュエル~」、爽やかな「リモージュの市場」など、特徴を挙げればキリがありません。重厚かつリズムの切れが良い「バーバ・ヤガー」は最高です。
原盤はPHILIPSだと思いますが、残念ながらモノラル録音なのが惜しまれます。これがステレオ録音だったら……。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
ユージン・グーセンス
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
1957年9月26・28日
グーセンス(1893年-1962年)の指揮です。イギリスの指揮者はたいてい「サー」の称号を与えられるのですが、グーセンスはいろいろあってもらえなかったようです。だからと言って、この「展覧会の絵」が悪いということはなく、むしろ好演です。「古城」など、イギリスの指揮者ならではの叙情味がある表現です。オケがロイヤル・フィルであるのは、サー・トーマス・ビーチャム(1879年-1961年)の配慮でしょうか。
それにしても、この年代でもまだステレオ録音は普及していなかったのかな。残炎ながらモノラル録音です。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
セルジュ・チェリビダッケ
RAIローマ交響楽団
1957年12月4日(ライヴ)
録音嫌いなのに、「展覧会の絵」がやたらと多い(7種?)チェリビダッケ(1912年-1996年)の、おそらく最も古い録音です。この頃から遅めのテンポを採る(半分は普通のテンポの曲もある。「ビドロ」や「バーバ・ヤガー」、特に後者はかなり速い)人だったのですね。チェリビダッケならではの表現を聴くことができますが、録音状態が不安定なので、お薦めにはできません。それにしても不思議な録音です。第1プロムナードのトランペットが右から聴こえてきたと思ったら、センターに移動します。また、デッドな録音であるのにもかかわらず、常に最後の音には残響が付帯します。
「展覧会の絵」(ラヴェル編)
フリッツ・ライナー
シカゴ交響楽団
1957年12月7日
シカゴ,オーケストラ・ホール
【お薦め】
「展覧会の絵」の録音が多いオーケストラのひとつであるシカゴ交響楽団の名演の中でも、最高の一枚は、このライナー(1888年-1963年)のものでしょう。「展覧会の絵」の全録音の中でもベストを争う演奏と言っても過言はないと思います。各曲を個性的に表現する演奏は、これまで、そして今後も多いのですが、ライナーほど(少なくとも私の感覚に)ぴったり嵌る指揮者はいないと思います。「古城」をはじめとして総じて抒情的な曲が良く、「古城」のアルト・サクソフォーンの太い音色が魅力的で、木管楽器はいずれも優秀です。また、シカゴ響が誇る金管群も素晴らしく、トランペット・ソロは、シカゴ響に53年間も在籍し、2004年からは名誉首席奏者であったアドルフ・ハーセス(1921年-2013年)です。この盤に限らず、いずれの「展覧会の絵」もハーセスが吹いているのですが、それも聴き物のひとつでしょう。「バーバ・ヤガー」の打楽器群も良いですし、弦楽器は言うに及ばずです。
この名演が RCA Living Stereo の優秀なステレオ録音で残されたことに感謝したいです。
※RCAは、1953年10月よりステレオ録音の実験を開始し、1954年3月、ライナー=シカゴ響のセッションにおいて実用化のめどをつけた。1958年にステレオLPの技術が開発され、RCAはついに「リビング・ステレオ」LPを発売した。「リビング・ステレオ」とは、この時期にRCAが発売したステレオ・レコードに付けられていたロゴで、いわば「生き生きとした、生演奏のようなステレオ」という意味である。
なかなか1950年代が終わらないので、今回はここまでにしたいと思います。
次回はクリュイタンスとアンセルメから始められるので、区切りが良いのです。
1950年代の録音が多いというのは、LPの普及と関係があるのでしょうか。