ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」は,2009/6/3(水)に記事にしています。その年の5月29日に村上春樹「1Q84」が発売されたので,それに合わせて慌てて書いたのでした。「シンフォニエッタ」は,いずれ書き直したいと思っていたので今回やっちゃいますが,「1Q84」のどんな場面でこの曲が使われていたのか,今となっては全く思い出せません。
「1Q84」のオープニングに,タクシーの車内でヤナーチェクの「シンフォニエッタ」を聴くという情景があるそうですが,そうでしたっけ? タクシーの運転手さんが「シンフォニエッタ」をかけたのでしょうか?
小説中に登場した音源は,セル指揮クリーヴランド管弦楽団と小澤征爾指揮シカゴ交響楽団の録音だったということはどうにか記憶に残っています。
それにしても,なぜヤナーチェクの「シンフォニエッタ」なのだろう?
レオシュ・ヤナーチェク
シンフォニエッタ
1. ファンファーレ:アレグレット
2. 城(ブルノのシュピルベルク城):アンダンテ
3. 修道院(ブルノの王妃の修道院):モデラート
4. 街頭(古城に至る道):アレグレット:
5. 市役所(ブルノ市役所):アンダンテ・コン・モート
描写音楽じゃないので,各曲のタイトルに意味はないのですが,親しみをもっていただくためにあえて記してみました。
【楽器編成】
フルート4(うち1つがピッコロと持ち替え),オーボエ2(うち1つがイングリッシュホルンと持ち替え),クラリネット2,小クラリネット1,バスクラリネット1,ファゴット2,ホルン4,トランペット12(F管3,C管9),バストランペット2,トロンボーン4,テノールチューバ2,チューバ1,ティンパニ,シンバル,鐘,ハープ1,弦楽五部
Janacek : Sinfonietta (mvt. 1 et 2)
(Czech Philharmonic Orchestra, Karel Ancerl)
Janacek : Sinfonietta (mvt. 3 et 4)
(Czech Philharmonic Orchestra, Karel Ancerl)
Janacek : Sinfonietta (mvt. 5)
(Czech Philharmonic Orchestra, Karel Ancerl)
Leos Janacek Sinfonietta WDR-Sinfonieorchester (2007)
(WDR Sinfonieorchester (2007) Jukka-Pekka Saraste)
それでは聴き比べです。
第1曲と第2曲の曲間が長いとしらけます。レコード会社さんは気をつけてください。
カレル・アンチェル(指揮)
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
SUPRAPHON 1961年5月
プラハ,ルドルフィヌム
ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」で一番好きな録音です。今回改めて聴き比べてみましたが,アンチェル/チェコ・フィル盤がダントツで好きです。
第1曲の金管は土臭い香りがします。時代を考慮すると優秀な録音で各パートのかけ合いがこれ程はっきり聴き取れる演奏も珍しく,とても楽しいです。第2曲も良いテンポで切れ味抜群。情緒も不足していないし,どこもかしこも理想的な表現でこの演奏が最高。ちっとも退屈しないし,時間が経つのが早く感じられます。こういう演奏ができるアンチェルは本当に素晴らしい指揮者だと思うし,それに応えることができるチェコ・フィルも立派です。このオーケストラのほの暗くくすんだ響きが曲にマッチしていて第3曲も素晴らしいですね。テンポの伸縮が実に自然で効果的。チェコ・フィルってこんなにコクのある響きをもったオーケストラだったっけ(失礼)とさえ思ってしまいます。第4曲・第5曲も同様。
このような薫り高い演奏を聴いてしまうと,やっぱり本場物ってあるんだなと実感します。
ジョージ・セル(指揮)
クリーヴランド管弦楽団
SONY CLASSICAL 1965年10月
クリーヴランド,セヴェランスホール
セルはハンガリー出身(母親はスロヴァキア人)なので,普段は整然とした演奏をする人なのだけれど,チェコ,スロヴァキア,ハンガリーの作曲家に対しては強い共感をもって民族色豊かな演奏をするという記述をたまに見かけます。それを期待しすぎると裏切られることがあるセルの指揮ですが,さて,ヤナーチェクはどうでしょう。
第1曲はゴツゴツした独特な演奏で,非西欧的な感じがユニークです。第2曲はテンポや表情の変化づけが魅力的ですが,やや重厚で,小気味良さも求めたくなります。第3曲は厚みのある弦の響きに木管やハープが美しい。精緻な演奏ですが,たまにセルの唸り声も聞こえます。でも,情熱はあくまで心の裡に秘めた内面的な演奏。第4曲もアンサンブルを徹底的に磨き上げた演奏ですが,ときおり聴かせる懐かしい歌がホロリとさせます。全体に木管楽器がよく聴き取れる録音なので,それが第5曲でも効果的。クリーヴランド管弦楽団の卓越した合奏能力をしっかり堪能することができますが,でも,それだけではありません。こういう演奏について書くのは難しいのだけれど,両極端の性格を神業で融合させた稀有な例とでも表せばよいのでしょうか。
村上春樹の「1Q84」で青豆が購入したのはこのレコードだそうです(覚えていない!)。
小澤征爾(指揮)
シカゴ交響楽団
EMI CLASSICS 1969年6,7月
シカゴ,メディナ・テンプル
小澤征爾は1935年9月生まれですから34歳のときの録音でしょうか。若いですね!
シカゴ交響楽団ですから金管がバッチリ。第1曲の安定感は比類ありません。第2曲も良いテンポです。楽譜に書かれている内容を余すところなく再現することにかけて最高の指揮者とオーケストラの組み合わせかも。第3曲も名人集団オケが難所をものともせず余裕たっぷりに演奏してくれちゃいます。録音もそこそこ良いし,文句ないです。第4曲も同様。第5曲のラストは再びシカゴ響ご自慢のブラスセクションによる壮麗なファンファーレ。
それでは当盤が「シンフォニエッタ」の決定盤かというと,うーんどうでしょう。何か欠けている気がします。ローカル色? 洗練され過ぎている? 譜読みの段階で浄化され過ぎて旨味が失せてしまったような。でも,併録のルトスワフスキ「オーケストラのための協奏曲」が素晴らしい演奏なので,これは買って損はないCDです。初めて「シンフォニエッタ」を購入されるなら,このCDは良いかも。
なお,「1Q84」で天吾がかけたレコードのはこの演奏だったそうです。そうでしたっけ?
ラファエル・クーベリック(指揮)
バイエルン放送交響楽団
Deutsche Grammophon 1970年5月
ミュンヘン,ヘルクレスザール
今回聴き直してみて一番印象が変わった録音です。もっとスマートな演奏というイメージがあった(実はまり聴いていなかった)のですが,1曲目のぶっきらぼうで粗野,土臭さを感じる響き,2曲目はスピード感と野趣にあふれ,3曲目の懐かしい豊かな歌と溢れる思いを抑えきれない激情,4曲目は早めのテンポでこれも感興豊かな演奏。表面的な美しさより感情表現を重視していますね。5曲目は集大成的な演奏で,これもローカル色豊かで共感溢れた演奏だと思います。アンサンブル上の瑕疵には目もくれず,音楽の流れ,勢いを重んじた演奏とも言えます。クーベリックの録音はどちらかというと冷静で抑制された演奏が多いと思うのですが,このヤナーチェクは感情の赴くままに演奏していますね。クーベリックは(スメタナより)ヤナーチェクと最も相性がよいのかも。仕上げの面ではかなり荒っぽい(リハーサル不足?)ところもありますが,私には魅力的な演奏でした。
サー・チャールズ・マッケラス(指揮)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
DECCA 1980年3月
ウィーン,ゾフィエンザール
マッケラスはヤナーチェクの権威ですし,オケは名門ウィーン・フィルですので,悪かろうはずがありません。この録音でもマッケラスはヤナーチェクの自筆スコアをあたり,かなりの箇所を原典に戻しているのだそうです。「シンフォニエッタ」を愛する人の必携盤ともいえる録音でしょう。私の蒐集歴の中でも,このCDは結構早い段階で入手しています。以来,これ1枚で満足してしまったので,その他のCDは近年購入したものばかり。改めて聴いてみて,やっぱりこの演奏はいいなと思いました。
第1曲はアンチェル盤と並んでこの演奏が一番好きです。第2曲以降はもっと鮮烈でぐいぐい切れ込んでいく印象があったのですが,こうして聴き比べてみるとローカル色に寄りかからない,割と抑制されている演奏だったのですね。それでも,ウィーン・フィルの音色には抗い難い魅力があり,第3曲(ヴィオラ・ダ・モーレを使用し,ピッコロは1オクターヴ上げている)などうっとり聴き惚れてしまいます。なお,チェコ・フィルとの再録音(ライヴ)は未聴。
クラウディオ・アバド(指揮)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
Deutsche Grammophon 1987年11月
ベルリン,イエス・キリスト教会
第1曲は,金管セクションの立派な響きに感心するものの,若干品が良過ぎるなぁと思っていたら,後半に向かって次第に盛り上げていくアバドの巧みな演出に脱帽。第2曲目以降も概ねそのような印象で,ベルリン・フィル(この頃はカラヤン時代)が非常に巧く,どこもかしこも余裕でこなしています。カラヤンがこの曲を指揮したら,おそらくこのような演奏になったでしょう。
そのようなわけで,この曲のローカル色をあまり感じさせない,とても美しく叙情的で高雅な演奏なのですが,その分ワクワク・ドキドキ・ハラハラ感は後退していて,私のような俗っぽい人間は欲求不満を感じてしまいます。ある意味,地味な演奏なのかもしれません。
なお,ロンドン交響楽団との旧録音は未聴です。
また,この曲で今一番聴いてみたいのはマイケル・ティルソン・トーマス指揮のロンドン交響楽団(SONY CLASSICAL 1992年)の録音ですが廃盤です。カップリング曲がいけなかったのでしょう。残念!
追記:セル盤のCDジャケット画像を間違えていたので差替えました。(2013.07.04)