好きな作曲家にジャン・シベリウス(1865年-1957年)の名をあげる人は多いと思います。私も定評あるシベリウス交響曲全集が安価で売られているのを見ると,ついつい手を伸ばしてしまいます。
しかし,クラシック音楽を聴き始めた頃は,どちらかというとシベリウスは好きな作曲家ではありませんでした。肌触りが違うというか,空気のにおいが異なるというか,違和感を感じていました。
最初から好きだったのは,「カレリア」組曲 作品11。小学生のとき,子供用に書かれた「カレワラ物語」を読んでいたので,親近感があったのでしょうね。
逆に苦手だったのは,シベリウスの最も有名な作品,交響詩「フィンランディア」作品26です。特に「闘争への呼びかけのモチーフ」っていうんですか,あのリズムが苦手でした。なんか,しつこいんだもん。
ジャン・シベリウス
交響詩「フィンランディア(Finlandia)」作品26
(1899年作曲 1900年改訂)
この曲は2つの序奏と三部形式により構成されているそうです。以下,ウィキペディアの解説をところどころコピペしつつの手抜きな楽曲紹介。
序奏① (Andante sostenuto)
金管楽器による嬰ヘ短調の重苦しい序奏で幕を開ける。嬰ヘ短調だが、調性ははっきりしない。その後木管による甲高い悲痛と弦楽器・ティンパニの重苦しい響きが交錯する。
序奏② (Allegro moderato)
ハ短調の緊迫したこの部分では、ティンパニのトレモロに乗って金管楽器群がこの曲の核となるリズムを予告(譜例参照)し、緊迫感が高まる。そして、この後に入って来るクラッシュシンバルにより闘争のイメージをより一層高まらせる。
例のリズム(ウンッパ|パパパパ|パッパッ|ウンパッ)が登場します。
主部A (Allegro)
曲調は一転して、変イ長調の快活な主部となる。
ディヴィジされた弦が奏する例のリズムに乗って,トライアングルが登場する場面が好き。
主部B
何の説明も要らない,非常に有名な旋律(フィンランディア賛歌)が登場します。
ミレミファ~ミレミドッレレミ~。
主部A
に戻ります。熱狂的な盛り上がり(お祭り騒ぎ)の中,フィンランディア讃歌をフォルティッシモで総奏して幕を閉じます。
それでは聴き比べです。
ヘルベルト・フォン・カラヤン
フィルハーモニア管弦楽団
EMI CLASSICS 1952年7月29~31日
ロンドン,キングズウェイ・ホール
(モノラル録音)
ヘルベルト・フォン・カラヤン
フィルハーモニア管弦楽団
EMI CLASSICS 1959年1月5,6日
ロンドン,キングズウェイ・ホール
(ステレオ録音)
ヘルベルト・フォン・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
Deutsche Grammophon 1964年10月28日
ダーレム,イエス・キリスト教会
(ステレオ録音)
ヘルベルト・フォン・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
EMI CLASSICS 1976年9月
ベルリン,フィルハーモニーザール
(ステレオ録音)
ヘルベルト・フォン・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
Deutsche Grammophon 1984年2月19,24日
ベルリン,フィルハーモニーザール
(デジタル録音)
カラヤンが再録音を繰り返している曲は,まずカラヤンのどの録音が一番よいかというところから始めなければならないので面倒なのですが,カラヤン指揮の「フィンランディア」は,以前から聴き比べてみたいと思っていたので,挑戦してみたいと思います。
①(1952年録音 9分13秒)
これは録音も古いし,あまり期待しないで参考程度というつもりで聴き始めたのですが,よかったです。聴いているうちにモノラルということがあまり気にならなくなる良い録音だと思います。情報量は後の録音に比べると少ないのですが,それが幸いしてか,演奏の密度が濃い感じがするのです。大事な部分がきちんと聴こえてくる感じ。だから,演奏が伝わってくるものが多くて素直に感動できます。この熱気をはらみ,かつ清々しい演奏は,録音の古さを超えて十分魅力的です。うん,いい演奏だし,いい録音だ。
ところで今回,1950年代のカラヤン/フィルハーモニア管の録音ですが,マスターテープを所蔵するEMI製作のCDと,盤起こし(LP初期盤を用いて復刻)をしたCDを聴き比べてみたのですが,前者のほうが圧倒的に良い音質ですね。
②(1959年録音 8分59秒)
これは①と同じ交響曲第5番とのカップリングで,ステレオ録音での録り直しです。録り直しといっても全開から7年経っていますので再録音というべきでしょう。演奏から受ける印象はだいぶ異なります。①はもっと直情的だったと思うのですが,こちらはもう少し冷静で叙情的な演奏。丁寧に仕上げているという感じ。これだけ聴けばよい演奏だとも思うのですが,①を聴いた直後だと,どうしても物足りなく感じます。音に広がりのあるステレオ録音だからというわけでもないのでしょうが,なにか散漫な印象を受けるのです。
③(1964年録音 9分30秒)
オーケストラがベルリン・フィルに変わります。冒頭の荘重で分厚い金管からして名演の期待が高まります。続く木管も弦もフィルハーモニア管より一枚上手ですし,カラヤンの意図を奏者がよく反映しているように感じます。序奏は粘りますが,この重苦しい表現は曲によく合っていると思いますし,主部とのコントラストが明快でわかりやすいです。リズムの切れと鋭さは申し分ないし,旋律はカラヤン流の音価を十分に保ったレガートな表現で,より豊かな歌を聴かせてくれます。引き締まった筋肉質の演奏。
④(1976年録音 9分46秒)
レーベルが再びEMIです。オーケストラは同じでも,録音会場がイエス・キリスト教会から本拠地フィルハーモニーザールに変わりました。序奏の金管はさらに威力をアップし,録音のせいもあって③より豪華なサウンドです。金管だけでなく木管楽器もかなり明瞭に録音されていて,5種類の録音の中ではかなりグラマラスな演奏という印象があります。カラヤンの解釈は基本的に前3つの録音と変わっていないのですが,録音が進化しているせいで印象が異なるのです。私は,カラヤン/ベルリン・フィルのシベリウス「フィンランディア」を聴くのであれば,この1976年のEMI録音が最も良いのではないかと思っていたのですが,こうして聴き比べてみると若干外面的な効果が強調された録音ではあるものの,③と並んで聴いていただきたい演奏だと改めて思いました。
⑤(1984年録音 9分26秒)
実はこの録音もあまり期待していなかったのですが,よい演奏ですね。表現がより自然となって聴きやすくなりました。押しつけがましさがなく,かといって②のように物足りない演奏でもないので,一般的にはこの演奏がお薦めかもしれません。カラヤンらしさ,壮年期の覇気を重んじるのであれば③や④を選ぶべきですが,最も洗練されているのはこの⑤かもしれません。そして最も感動的なのは①,かな?
Sibelius:Finlandia Op26 Karajan
ヘルベルト・フォン・カラヤン Karajan
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
ベルリン,フィルハーモニーホール
(1976年10月16日ライヴ録音※)
※1ヵ月前のEMIと全然趣が違う興味深い録音。
さて,カラヤン以外の名盤を代表して次のCDをご紹介します。
シベリウス・ファンだったら皆さんお持ちでしょうから,改めてご紹介する必要はないような気もするのですが。
サー・ジョン・バルビローリ
ハレ管弦楽団
EMI CLASSICS 1966年1月
ロンドン,アビーロード・スタジオ
8分32秒。序奏のエネルギー感が凄まじくて圧倒されます。ハレ管弦楽団ってあまり上手でない演奏をすることもあるのですが,この演奏は良いですね。カラヤンに比べると,序奏の後半でいきなりテンポが早くなるので驚きます。そのままなだれ込むように突入する主部Aも情熱的・熱狂的で興奮させられる演奏。私にとってバルビローリは温厚なイメージがある指揮者で,そのような意味では例の「フィンランディア賛歌」など実に暖かみのある歌を聴かせてくれるのですが,それ以外は結構積極的でした。素晴らしい演奏です。カラヤンとどちらが良いかといわれたら,その時々の気分次第ですとお答えします。
今回の試聴はSACDで行ったのですが,持っていた2枚のCDと聴き比べると,格段に音質が良くなっています。少々高くてもSACDをお薦めします(SACDの再生環境があれば,の話ですが)。バルビローリの唸り声もよく聴こえますよ。