1週間遅れで「つづき」です。
名盤紹介を後編に遅らせのは,演奏の感想を書くのが難しかったからです。
なぜ難しいのか。直感的に好き嫌いを感じてしまう曲だから。これはいい演奏だなと思っても,どんなふうに良いのかということを言葉で表現しづらいのです。
入試の面接で「好きな小説はなんですか?」と質問され,「パール・バックの『大地』です」と答え,「どこが好きなんですか?」と再質問されたときに言葉に詰まり,「好きなんだから,いいじゃないですか!」と返答してしまったという笑い話を思い出します。
この「好きなんだから,いいじゃないですか」という回答,私はよく思い出すんです。理由なんて要らないし,言葉で説明する必要もない。好きなんだから,いいじゃないですか,と。
でも,それでは能がない。自分の思いをきちんと相手に伝える努力が必要なときがある。人間,ひとりでは生きていけない。
そういうこともありまして,ブログをやっているのは,自分の訓練のためでもあるのです。こんなに大勢の人に読まれるようになるとは思わなかったけれど。
文章を書くのって本当に難しい。嫌いではないのですが。
バルトーク・ベーラ
弦楽器,打楽器とチェレスタのための音楽 (1936年) Sz.106
Music for Strings, Percussion and Celesta, Sz.106
1.Andante tranquillo
2.Allegro
3.Adagio
4.Allegro molto
フェレンツ・フリッチャイ
ベルリン放送交響楽団
Deutsche Grammophon 1953年6月
ベルリン,イエス・キリスト教会
バルトークのオーケストラ作品は,ハンガリー系の指揮者のもつリズム感覚が強みを発揮する曲であるように思います。ハンガリー系というと,五十音順でオーマンディ,ケルテス,コチシュ,ショルティ,セル,ドラティ,アダム・フィッシャー(兄),イヴァン・フィッシャー(弟),フリッチャイ,ライナーらの名前が浮かびます(でもセルやケルテスルの「弦チェレ」ってないですよね?)。
そんなわけで,ハンガリー出身のフリッチャイ(1914~1963)の演奏が悪かろうはずがありません。私は一時期フリッチャイが残した録音を集めていましたので,彼が指揮したバルトークもCD蒐集の初期段階で入手していました。このCDは私が初めて購入したバルトークかも。
久しぶりに聴いた第一印象は,フリッチャイらしくバランスのよい演奏で重厚でベートーヴェン的だと最初は思いました。表現が自然でリズムの取り方など違和感がありません。バルトークの音楽が見に染み付いていて,聴かせどころをきちんとわきまえているようです。そして,第4楽章あたりになるとさすがにハンガリー人の血がたぎるのか,熱っぽい演奏となっていました。
1953年の録音なのでモノラルなのが残念です。この曲の場合,ステレオ録音による効果が高いので,録り直してほしかったです。
フリッツ・ライナー
シカゴ交響楽団
RCA 1958年12月28,29日
シカゴ,オーケストラ・ホール
XRCDやSACD化により録音の優秀さが再認識されて決定盤に返り咲いた演奏です。CD初期盤と聴き比べると音質は雲泥の差ですが,高音質化が効を奏したというより,旧盤作成に用いたマスターがよくなかったように思います。50年以上前の録音ですが,時代を考えれば優秀な録音です。弦楽器など刺々しいので,もう少しきめの細かさがあったらとも思いますが,各楽器がくっきり定位する気持ちのよい録音です。ホールの音響特性にもよるデッドなサウンドは切れ味が鋭く,バルトークの音楽にマッチしていると思います。
録音のことばかり書いていますが,演奏はどうかというと,よく言われるように,名技集団のシカゴ響を自在にドライヴした見事なもので,実に爽快な演奏です。でも,なぜだろう,私には何かが足りないようにも思えます。それがうまく書けないから苦労します。
このような曲なので,親しみやすいメロディが登場したとき,ここぞとばかりにたっぷり歌ってくれると惹かれるのですが,そのような箇所でもライナーは素っ気無く通り過ぎてしまうことがあります。もう少し隠し味というか,小技があったほうがよいと思うのですけれど,いかがでしょう。天下の大名盤にけちをつけて申し訳ありません。
ヘルベルト・フォン・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
EMI CLASSICS 1960年11月9-11日
ベルリン,グリュンネヴァルト教会
カラヤンはバルトークがお気に入りだったのでしょう,オケコンと弦チェレを3回ずつ録音しています。弦チェレの第1回録音は1949年でオーケストラはフィルハーモニア管弦楽団。音楽之友社の「カラヤン全軌跡を追う」では『インドの音楽財団の希望で選曲された録音』と書かれていますが,インドのマイソール藩王音楽財団はフィルハーモニア管弦楽団のスポンサーだったそうです。この1949年録音もすごく意気込みが感じられる演奏(チェレスタの音がすごく大きいのが面白い)なのですが,私が最も魅力を感じるのは1960年の録音です。1969年再録音(Deutsche Grammophon)もあり,それはそれで見事なものですけれど,私には洗練され過ぎてしまっていて他人行儀な演奏に感じられます。
この1960年録音は,指揮者とオケのヒリヒリとした関係を聴くことができ,その緊張感が心地よいです。カラヤン風のレガートな表現(作曲家が書いた音符をすべて完全に弾き切ること、そして指示された長さの終わりまで音を弱めないこと)が聴かれますが,第3楽章の夜の音楽などとても美しいです。カラヤンは聴かせ上手ですので,とっつきにくい曲はカラヤンの指揮で聴くとわかりやすいです。好きな演奏。
ムラヴィンスキー
レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
MELODIYA 1965年2月ライヴ
学生の頃にこれを聴かされ,ショスタコーヴィチの曲と説明されたら,素直に信じてしまいそうです。今回久しぶりに聴いてみたのですが,明らかに他の演奏とは違う雰囲気があります。ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルのコンビによる演奏という先入観が多分に影響しているのでしょうが,冷徹な演奏,凍てついているというか,怖いぐらい厳しいものを感じます。
ところが聴き進めるにしたがって意外なくらい情熱的かつ白熱的な演奏であることに気がつきます。今回聴き比べた中では一番といっていいくらい表情の振幅が大きいです。青白い炎がめらめら燃えているみたい。「ほら,いい曲でしょ? 難しくなんかないですよ。えーい,これでどうだ」って言っているようです。繰り返し聴くのは疲れるけれど,集中力のすごさに圧倒され,手に汗握る演奏でした。これもステレオ録音なのがありがたいです。
ピエール・ブーレーズ
BBC交響楽団
SONY CLASSICAL 1967年3月10日
ワシントン,タウン・ホール
最初に聴いたときからこれは素晴らしいと思いました。まるでスコアを見ているようというのは言い過ぎですが,ブーレーズらしい分析的なアプローチによる明晰な演奏は,バルトークが秘術をつくしたこの曲の極北ともいうべきものと思います(←スコアを見ながら聴いているわけではないので,偉そうなことは言えないのですが(汗))。弦の編成が小さいようでやや迫力に欠けますが,聴き取りたい楽器がきちんと聴こえ,主張すべき楽器がしっかり鳴っているのは大変気持ちがよいです。
全部がそうとは言い切れませんが,後のDeutsche Grammophonへの再録音よりもこの頃のブーレーズのほうが良かったんじゃないでしょうか。
なお,シカゴ交響楽団との録音(1994年,Deutsche Grammophon)は未聴です。中古CDショップでよくみかけるのですが,よくみかけるということは手放したがる人が多い?
サー・ゲオルク・ショルティ
シカゴ交響楽団
DECCA 1989年
シカゴ,オーケストラ・ホール
録音のせいもあるのでしょうけれど,聴き始めてすぐ感じたことは,ゴージャスかつグラマラスでとても華やかな演奏ということです。編成が大きく低弦も量感たっぷりでピラミッド型のサウンドですね。ここぞというときのティンパニもすごい迫力で鳴り響きますが,やや力押しの感もあります。やや小回りがきかない?
と思ったのですが,第3楽章以降はDECCAの録音ということもあり,細かい音までよく聴こえるのが気持ちよいですし,さすがショルティはツボをわきまえていて,聴かせ上手だなと感心しました。第4楽章などシカゴ響の機能性をフルに(といっても木・金管楽器は一切登場しない曲ですが)生かしたダイナミックな演奏が魅力的です。この曲を初めて聴く方にはわかりやすくてよいかもしれませんし,シカゴ響による「弦チェレ」では,私はショルティ指揮による演奏が一番好きです。
なお,ショルティにはロンドン・フィルとの旧録音があり未聴なのですが,そちらのほうが「弦チェレ」によりふさわしい演奏なのかもしれません。この記事を書くにあたって入手しようとも考えましたが,1950年代前半のモノラル録音なので二の足を踏んでしまいました。
ゾルターン・コチシュ
ハンガリー国立フィルハーモニー管弦楽団
Hungaroton 2008年10月11-13日
ブダペスト,バルトーク・ナショナル・コンサート・ホール
コチシュというと,ピアニストのイメージが強いのですが,1952年生まれですからもう61歳なんですね。Hungarotonに新バルトーク作品全集を録音中とのことで,ピアニストとしてだけでなく指揮者としても活躍中の人です。この演奏は素晴らしいと思いました。弦の編成が小さいので最初は物足りなく思えるかもしれませんが,その分各声部をよく聴き取ることができます。優秀な録音(嬉しいことにSACD)のおかげもあり,バルトークが書いた譜面をあますところなく再現していると思います。
腕利きを揃えたようで,独奏者のバルナバーシュ・ケレメン(vn)やミクローシュ・ペレーニ(vc)らも擁した精緻な弦楽合奏が聴きものですし,全員が自国の偉大な作曲家に敬意を表しているかのような思い入れが聴き取れます。
そんなわけで「弦チェレ」終了!