ハンガリーの作曲家を続けるつもりだったのですが,さすがにちょっと飽きてきたので予定を変更してプロコフィエフ(1891-1953)の「キージェ中尉」にしたいと思います。交響組曲ですよ。
映画音楽として作曲したものを基に組曲化したものです。いろいろなところに書かれているあらすじを集約すると,概ねこのような物語のようです。
・皇帝が昼寝をしている。
・宮廷内から女官の悲鳴が聞こえてくる。
・眠りを妨げられて激怒した皇帝が,侍従に今日の責任者は誰かと問う。
・しかし,当直名簿には「中尉」としか記されていない。
・侍従が「ポルーチキ……ジェ(中尉……です)」と答えたのを,
皇帝は「ポルーチク・キージェ(キージェ中尉)」と聞き違え、
存在しないはずのキージェ中尉をシベリア送りにしてしまう。
・その後,皇帝は思い直す。
・暗殺者から皇帝を守るために
キージェ中尉はわざと女官に悲鳴を上げさせたのかもしれない,と。
・皇帝はシベリアからキージェ中尉を呼び戻すよう命令し,
宮廷一の美女を花嫁にしようということになる。
・花婿(キージェ中尉)不在のまま盛大な結婚式が行われる。
・しかし,そもそも実在しない人物なので,困ったことがいろいろ起こる。
・万策尽きた侍従は,キージェ中尉の死亡を公表する。
・キージェ中尉の葬儀が国葬で行われる。
・皇帝は,忠義を尽くしてくれたキージェ中尉の不運に涙を流す。
1934年公開の「キージェ中尉」
(すごい! YouTubeってなんでもあるんですね!)
一般に知られているあらすじとだいぶ違いますね。叫び声を上げたのは女官じゃないし。
正しいあらすじを作成したいところですが,それはこのブログの趣旨ではないので断念します。いや,ただ単に面倒くさいだけなんですけれども。
セルゲイ・プロコフィエフ
交響組曲「キージェ中尉」作品60
1.キージェの誕生
2.ロマンス
3.キージェの結婚
4.トロイカ
5.キージェの葬送
Sergey Prokofiev - Lieutenant Kij? / Поручник Киже
(Cleveland Orchestra,George Szell)
ピッコロ,2フルート,2オーボエ,2クラリネット,2ファゴット,テナー・サクソフォン。
4ホルン,コルネット,2トランペット,3トロンボーン,チューバ。
バス・ドラム,ミリタリー・ドラム,トライアングル,シンバル,タンブリン,スレイ・ベル。
ハープ,チェレスタ,ピアノ。
弦楽5部(ヴァイオリン,ヴィオラ,チェロ,コントラバス)。
ティンパニが無いんです。その代わり,第1曲ではバス・ドラムがfffで鳴り響きます。
第2曲と第4曲はバリトン独唱が入るのが正しいのですが,今回取り上げたCDでは小澤盤以外は管弦楽のみで演奏しています。通常はそうみたい。
バレエ音楽「ロメオとジュリエット」に似ているなぁと思うんですが,「ロメオとジュリエット」が完成したのは1935年なので,「キージェ中尉」のほうが先に作曲されたのですね。
結論から申し上げると,今回ご紹介する4枚はどれも良い演奏で,いずれを購入しても大丈夫です。どれか1枚と言われると,どうしても録音の良いもの,オーケストラが巧いものを選びたくなります。
ジョージ・セル(指揮)
クリーヴランド管弦楽団
SONY CLASSICAL 1969年
クリーヴランド,セヴェランス・ホール
先頃,ジョージ・セル・エディションという49枚組BOXが発売されました。SONY CLASSICALから発売されていたセルのCDを集めたものですが,1970年頃が一番最後なのですね。この「キージェ中尉」1969年録音ですから,SONY CLASSICALにおける最後期。録音年にこだわったのは,先日セルのCDは録音がよくないものが多いなんて書いてしまったのですが,録音年が新しいだけあって,これは良いと思います。ちょっと効果を狙った録音ですが,生々しく鮮明な音です。やや硬調で平べったい感じがするし,第1曲のfffのバス・ドラムをはじめとして強音時の打楽器が少し歪むのが惜しいですけれど。
セル指揮のクリーヴランド管弦楽団ですから究極鉄壁のアンサンブルで非の打ち所のない安定した演奏です。それが非常に気持ちよく,安心して聴いていられます。安定とか安心とか書くと,穏当な演奏のように思われますが,プロコフィエフのオーケストレーションの妙を,リアルに捉えた録音のおかげで十分味わうことができますし,全体に情感たっぷりで,美しいメロディをたっぷりと歌わせていて,何度聴いても飽きないよさがあります。録音のせいでややドライな印象があり損をしているかもしれませんが,素晴らしい演奏ですよ。
クラウディオ・アバド(指揮)
シカゴ交響楽団
Deutsche Grammophon 1977年2月
シカゴ,オーケストラ・ホール
故長岡鉄男さんが「アレクサンドル・ネフスキー」の録音をすごく褒めていたので,買ったCDです。よく見ると「アレクサンドル・ネフスキー」はロンドン響,「スキタイ」と「キージェ」はシカゴ響で録音会場等も異なるのですが,後者も優秀録音ではないでしょうか。ジャケット画像(これはLP)のとおり,まだ若いアバドが残した傑作だと思います。
オーケストラがシカゴ交響楽団ですからね。第1曲は推して図るべしってなもんです。オケがバリバリ鳴りまくっていて爽快です。バス・ドラムの連打も歪みがなく量感も十分で,アナログ後期の優秀録音を満喫できます。バス・ドラムの迫力は今回聴いた中で随一かも。いや,そこが好きなもので。第2曲も叙情的で良い演奏ですが,アバドの常として踏み込みが浅いというか,少々あっさりしているのが物足りないのですが,贅沢な望みかもしれません。第3曲も同様で品が良い演奏という気がします。第4曲はきっちりまとめられていて小気味良さはあるものの,ワクワク感にいささか乏しいような。終曲は良いですね。各楽器が切々と歌うメロディには心がこもっていて,そしてとても美しくて,皇帝でなくても涙してしまうことでしょう。
クラウス・テンシュテット(指揮)
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
EMI CLASSICS 1983年9月
ロンドン,アビー・ロード第1スタジオ
テンシュテットはマーラー指揮者というイメージが強いのですが,いわゆる大曲だけでなく,こうした名曲も上手いですよね。グレートEMIレコーディングスという14枚組はテンシュテットの才能を満喫することができるBOXだと思います。お買得価格ですし。
そのBOXにも収められている「キージェ中尉」は素晴らしいと思います。名コンビとなるロンドン・フィルの音楽監督に就任した年の録音ですが,オーケストラが指揮者に心酔し奉仕しているように聴こえます。各旋律の歌わせ方,テンポの設定,楽器のバランスなど,各場面にふわさしい出来だと思いますし,プロコフィエフの音楽のほの暗さ,皮肉っぽさなどもよく出ていると思います。
ロンドン・フィルは,さすがに他の3つのオーケストラに比べると分が悪いというか,独奏の巧さで聴かせるとかそういうことが少なく,全体に洗練の度合いが低いのですが,ワクワク感・ドキドキ感はこちらのほうがずっと上ですね。なんだかすごく魅かれるんです。ドラマティックで白熱した演奏というと言い過ぎかもしれませんが,熱っぽさがあり,ホント,気持ちのよい演奏を聴かせていただきました。この演奏が一番好きかも。
小澤征爾(指揮)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
アンドレアス・シュミット(バリトン)
Deutsche Grammophon 1990年11月
ベルリン,フィルハーモニーザール
小澤征爾は1989~1992年にプロコフィエフ交響曲全集を相性の良いベルリン・フィルとデジタル録音していまして,小澤征爾ならではの仕事だと思うのですが,この全集には交響曲以外に「キージェ中尉」が収録されていますので,それを聴いてみます。なお,第2曲と第4曲はバリトン独唱入りで,珍しいけれどこれが正解なのだそうです。
ベルリン・フィルによる「キージェ中尉」,なんとも贅沢なサウンドです。このオーケストラならではのしっとり感と木目の細かさは耳にご馳走ですね。また,重厚なアンサンブルはプロコフィエフにふさわしく,かつメルヘンっぽくもあっていいですね。シュミットのバリトンは美声による誠実な歌唱です。「灰色の小鳩が悲しんでいる」と歌っているのでしたっけ。ディースカウのお弟子さんだけあって,歌い方が師匠に似ていますね。バリトン独唱が入ったほうがロシアっぽくて私は好きです。第3曲は個人的にはやや魅力に欠ける曲なのですが,それでもベルリン・フィルだと聴けてしまいます。素晴らしいオーケストラ。第4曲で再びバリトン登場。真面目(紳士的)過ぎるのでもう少しくだけた感じがあると面白いと思うのですが,このように歌が入ったほうが曲にふさあわしく音楽が生き返ったような感じがします。第5曲も音楽よりベルリン・フィルを聴いてしまいます。今さらですが,素晴らしいオーケストラです。
あと,この曲こそ,ライナー/シカゴ交響楽団の演奏で聴いてみたいところです。
ロシアの演奏家による録音をあまり見かけないのですが,私の探し方が悪いのかな。
追記:ここ数日,ヤフーさんが毎日「Tポイント」をくださいます。拙ブログへのご褒美だとか。生活が楽になります(?)ので,皆さん,1日1回,拙ブログにお越しください(冗談です)。