実験記事を書くつもりでしたが、書きかけの文章があったので、それを元に一本アップします。以前に弦楽四重奏曲を連続して取り上げていた時期にボツにした原稿の再利用です。
曲は、ノルウェーの作曲家、グリーグが唯一完成させた弦楽四重奏曲。
エドヴァルド・グリーグ:弦楽四重奏曲 ト短調 作品27
第1楽章 Un poco Andante - Allegro molto ed agitato
第2楽章 Romanze Andantino
第3楽章 Intermezzo Allegro molto marcato
第4楽章 Lento - Presto al Saltarello
Wikipediaのこの曲の「曲の構成」には「全楽章は切れ目なく演奏される。」とありますが、各楽章はきちんと完結しています。たぶん、この曲を聴いたことがない人が書いたのでしょう。
Grieg String Quartet, 1st Mov - Pt. 1 (Orlando Quartet)
Grieg String Quartet, 2nd Mov (Orlando Quartet)
Grieg String Quartet, 3rd Mov (Orlando Quartet)
Grieg String Quartet, 4 Mov (Orlando Quartet)
Edvard Grieg - String Quartet No. 1 in G Minor, Op. 27
Copenhagen String Quartet
アンフィオン弦楽四重奏団
Amphion String Quartet
2014年2月6-9日
【お薦め】
このクァルテットについて詳しいことは知らない(ベルギーの四重奏団? アンフィオン管楽八重奏団のほうが有名?)のですが、なかなか素晴らしい演奏を聴かせてくれます。
第1楽章冒頭はなかなか分厚いハーモニー、主部に入ると、遅すぎず速すぎずのちょうどよいテンポで、緩急の差も適切、特に弱音が最高、奏者個々の演奏能力が高いため、かなり聴き甲斐がある演奏です。
第2楽章もアンサンブルが美しく、グリーグの旋律を豊かに歌っています。この弦楽四重奏曲の特徴である突然の感情の変化にも追従できています。
第3楽章はこのクァルテットの持ち味である重厚な音色が効いています。
第4楽章を聴いても、つくづく巧いクァルテットであると思います。これを聴いている間は他の四重奏団の演奏を忘れることができます。これほどの技量をもつ団体でも、弦楽四重奏団という地味なジャンルなので無名に近いのは、いろいろ考えさせられるものがあります。
録音がとても優秀なのがありがたいです。ヴォルフ、ヤナーチェク第2番との組み合せです。
アウリン四重奏団
Auryn Quartet
アウリンQは1981年創立のドイツの弦楽四重奏団です。ハイドンの弦楽四重奏曲の録音でも知られていますね。
第1楽章は感情のこもった序奏に始まり、四人の技術が拮抗しているのが充実した響きの基となっています。激情に訴えるというより、一歩下がって抑制を効かせ、品が良い演奏を繰り広げています。けして大人しい演奏ではなくダイナミックではあるのですが、その点が好き嫌いが分かれるかもしれません。暗く沈んだ曲想になったときの瞑想的な雰囲気がなかなか良いです。私はもっと感情の赴くままに弾いてくれたほうが好きですが。
第2楽章は、懐かしい歌を美しく柔らかく演奏しているのが印象的です。曲想が変わっても、とげとげしくならず、あくまで品を保つアウリンQです。
第3楽章も四人のバランスが上々で、メロディを受け渡していくところでも、あるパートが突出しているということがないのが良いです。
第4楽章も緊密なアンサンブルでグリーグの昏い情熱をよく表現していると言えます。全体を通じて良くも悪くも真面目な演奏でした。
録音がちょっとこもった感じがあって各楽器の分離がよくないのが残念。グリーグの1892年の弦楽四重奏曲(第1楽章と第2楽章のみ)との組み合わせです。
ブダペスト弦楽四重奏団
Budapest String Quartet
1955年
20世紀を代表する弦楽四重奏による演奏です。演奏は独特な熱気と高揚を湛えたもので、この頃はメンバー全員がロシア人だったからでしょうか、チャイコフスキーかボロディンの曲を聴いているみたいです。第1楽章などカロリーが高く、濃い表情づけに聴きごたえがあります。第2楽章もゆったりとしたテンポを採用して深々と歌います。曲が動き出す頃になると俄然色彩感が出てきて、これがステレオ録音だったらと残念な思いがします。第3楽章も人懐っこい歌が独特です。第4楽章も速いテンポで手に汗握る白熱した演奏。
さすがに1955年の録音なので当然モノラルですし、古めかしい音がして時代を考慮してもそれほど良い録音だとは思えないのですが、演奏の良さを損なうほどのことはありません。シベリウスの弦楽四重奏曲ニ短調との組み合わせです。
ダヴィド・オイストラフ弦楽四重奏団
David Oistrakh String Quartet
2015年7月24-27日
ブリュッセル.スタジオ4
20世紀最高のヴァイオリニストのひとりの名前を使用する栄誉を受けて2012年に結成したロシアのクァルテットです。第1楽章は、第1ヴァイオリン(アンドレイ・バラノフ:2012年のエリザベート王妃国際コンクールで優勝)の線が太く朗々と歌う演奏が目立ちますが、それはけしてマイナスではありません。四重奏団としての演奏は重厚で粘り、あまりグリーグらしくないとも言えますが、そのひたむきさ・熱っぽさに惹かれるものを感じます。 第2楽章も第1ヴァイオリンと他3人の技量に差がある感じで、他のパートが旋律を弾いているときでもファーストは目立っています。まるでロシア民謡のように歌っており、暖炉の前に座っているような暖かさを感じさせる演奏です。第3楽章は良い出来です。ここでもアンドレイ・バラノフのヴァイオリンが他の3人を牽引する形で力強い演奏を繰り広げています。第4楽章も線が太く、エネルギッシュな演奏を楽しむことができます。
録音は少々聴き疲れがしますが良い音です。メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第1番、他との組み合わせです。
エンゲゴール四重奏団
Engegård Quartet
2015年4月
Bryn Church, Bærum
【決定盤】
第1楽章序奏はエネルギー感に満ち、名演への期待が高まります。少し柔らかめ抑えた感じで第1主題が奏でられ、それが徐々に盛り上がっていくにつれ、この演奏に引き込まれていきます。そう、この曲はこれくらいやってくれないと。第2主題の北欧っぽい寒々とした感じもよく出ています。その後も鮮烈でダイナミックで、リズムの切れもよく、この曲を聴く醍醐味を味わうことができます。一人ひとりの技術がしっかりとしていて、かつ突出しておらずバランスが保たれているのにも好感がもてます。再現も音色を変化させてみたりと至れり尽くせりで、技のデパートを聴く思いがします。第2楽章も表情が豊かで優雅で、グリーグの抒情性もよく表出されており、この弦楽四重奏団の演奏能力の高さを思い知った次第です。思い切りの良さが幸いしてダイナミックな名演に仕上がっています。素晴らしい演奏でした。これほどの弦楽四重奏団であっても日本ではあまり知られていないのですね。
録音はとても優秀で美しい音響です。シベリウスの弦楽四重奏曲、他との組み合わせです。
グァルネリ四重奏団
Guarneri Quartet
1989年
【お薦め】
これは聴き始めてすぐ名演とわかる演奏です。キリっと締まった速めのテンポと、遅い部分の対比、緊密なアンサンブルが心地よく、音色に厚みもあり、弦楽四重奏曲を聴く楽しみを味わうことができます。この曲の第1楽章はスポーツ的な爽快感があるのですが、そういう部分をうまく表現していると思います。第2楽章も心のここもった歌を聴くことができますし、優雅で洗練されています。第3楽章も筋肉質の引き締まった合奏です。この楽章は途中から人懐っこい、おどけた調子に変わりますが、そのような曲想でもグァルネリQは柔軟に対応し、上手にまとめています。第4楽章もただ単にメカニックが優れているだけでなく音楽性が豊かで、グリーグの音楽の民族性というか、郷土色のようなものがさり気なく表現できていて舌を巻きます。第3楽章も鮮烈であり、情熱的ではありますが、北欧の情感のようなものはよく出ていて「北国の春」といった感じです。フレーズの切り上げ方などちょっとしたところにもセンスの良さを感じ、緩急の差が大きいのもプラスに働いて、演奏効果が高いと思います。第4楽章は繊細に開始、やや感情を抑えているかと思うと、それが爆発的に膨れ上がっていく様がなんとも言えずカッコいいです。
左右にめいっぱい広げた感じのステレオ録音ですが、もう少しパリっと冴えた音を望みたいところです。シベリウスの弦楽四重奏曲との組み合わせです。
ハーゲン四重奏団
Hagen Quartett
2011年6月
DLFカンマームジークザール
以前弦楽四重奏曲を聴き比べを連続して書いていたことがあり、当然グリーグの曲も登場する予定だったのですが、結局ボツになってしまいました。その理由のひとつは、私が好きなハーゲン四重奏団の演奏があまりよくなかったからです。ハーゲンQは長い間Deutsche Grammophonから録音を出していましたが、2011年にmyrios classicsに移籍し、これはその頃の録音となります。
第1楽章は重厚ですが少々崩れた感じがします。第1主題も重く引きずる感じで、切れ味が鈍いです。第2主題もどこか中途半端です。ヴェロニカのヴィオラとクレメンスのチェロは健在ですが、ルーカスの第1ヴァイオリンに往年の勢いがないように感じられ、10年早く録音してくれたらと思ってしまうのです。悪いところばかりではなく、抒情的な部分に静謐な美しさや、4人の息の合ったアンサンブルを聴ける場面もあるのですが、全体的に音楽が枯れているように思われます。第2楽章も最初のうちは良いのですが、ルーカスのヴァイオリンに切れ味が不足していて、たどたどしく聴こえてしまうのです。第3楽章も同様で、ルーカスがもう少し頑張ってくれたらと思います。第4楽章も最初は良いのですが、もう少しエネルギーというか、勢い・若々しさがほしい楽章です。年寄り臭い演奏になってしまいました。
録音は優秀でSACDでの発売です。ブラームスのクラリネット五重奏曲との組み合わせです。
ジャン・シベリウス四重奏団
Jean Sibelius Quartet
【お薦め】
目が覚めるような音で第1楽章が始まります。その後はおずおずと始まりますが、烈しい気迫がこもった演奏に変化します。第1ヴァイオリンとその他3人というタイプですが、それがちっとも嫌ではありません。そのように書かれている楽章ですからそういう演奏がふさわしく、この第1ヴァイオリンはそれに応えていると言えます。録音特性のせいもあり、リズムの切れ味がよく、少々荒っぽいところがあるにせよ、とにかくカッコいい演奏です。第2楽章はもう少し透明感のある美しさがグリーグの音楽に似つかわしいとも思いますが、わずかに遅めのテンポによる、よく歌う演奏となっています。第3楽章は鮮烈であると同時に、抒情的な部分と陽気な部分との対比がうまく描き分けられています。第4楽章も鮮やかで生命力に満ちていますが、全曲を通じてあまりに気合の入った演奏に少々聴き疲れてしまいました。
ハイ上がり気味、高音を強調している録音です。シューベルトの弦楽四重奏曲第13番D804との組み合わせです。
オスロ四重奏団
Oslo Quartet
【決定盤】
ノルウェー王国の首都であり最大の都市であるオスロの名を冠する弦楽四重奏団による演奏です。第1楽章序奏から思いが詰まっており、音楽に対する共感に並々ならぬものを感じます。曲がいったん鎮まると、優しい労りの音楽、そして再び盛り上がっていくのですが、この過程が非常に上手で、表現の巾・感情の振幅が大きく、強く惹き込まれるものを感じます。それらが実に自然に演奏されるのです。オスロの名前は伊達ではありません。素晴らしい演奏です。第2楽章もチェロ、ヴァイオリンにより、のどかに、しかし細心の注意を払って懐かしい歌が演奏をされるのを聴くと、この曲のこれ以上の表現は考えられないと思ってしまいます。第3楽章も良い演奏です。他の演奏では弾き飛ばされてしまうような箇所でも丁寧に、祖国の大作曲家であるグリーグへの共感をもって演奏されています。四人の技術も音色もバランスが取れていて、素直に弦楽四重奏曲を楽しむことができます。第4楽章も素晴らしく、全ての部分が適切に演奏されています。喜びに溢れた輝かしい演奏。この弦楽四重奏曲の理想的な再現と言っても過言ではないでしょう。
Naxosの録音はやや高音がきつめですがメリハリがはっきりしていて悪くはありません。組み合わせは、グリーグの未完の弦楽四重奏曲、その他(知らない作曲家)です。
ペーターゼン四重奏団
Petersen Quartet
1993年5月24日
Saal 1, Funkhaus Berlin, Germany
【お薦め】
この曲の第1楽章はカッコいいので、勢いがあればそれだけで聴けてしまうところがあるのですが、ペーターゼンQの演奏はそれに加えて繊細で抒情的で素敵です。少し神経質な感じがしないでもないですが、スッキリした現代的なセンスによる演奏に心惹かれます。終止部など「遥かなる遠い呼び声」と評したくなります。第2楽章は緩急自在で、何とも言えない懐かしさと躍動感が同居しており、第3楽章も同様で、瑞々しい音楽を聴かせてくれます。四人の音質上のバランスが好ましく、統制が取れており、密度の濃い合奏を聴かせてくれます。鮮やかなものです。第4楽章は切れ味が鋭く、シャープでダイナミック、華やかな演奏を聴かせてくれます。
録音は優秀で他の演奏もこれぐらいの水準であったらと思わせるものです。グリーグの2楽章だけの四重奏曲とシューマンの弦楽四重奏曲第1番との組み合わせです。
ラファエル四重奏団
Raphael Quartet
第1楽章はまず暗く悲劇性を感じさせ、重く引きずります。切れ味は少々鈍く、ぎこちなさが感じられ、曲想の変化にうまく追従できていないように思われますが、もしかしたら外面的な効果に背を向けているのかもしれません。静かな場面では清楚な美しさあるのですが。第2楽章もある一定水準の技巧は確保されているものの、どこか弾き込みが足りないように感じられます。第1ヴァイオリンがもう少し線は太く朗々と旋律を奏でてくれれば印象は違ったものとなったでしょう。第3楽章も悪くないのですが、どこか表面的で浅く感じられてしまうのです。あるいはこのクァルテットの限界なのかもしれません。第4楽章は全曲で最も成功している演奏でしょう。相変わらず練られておらず不完全燃焼気味ですが、この楽章はある程度勢いで済ませられます。
録音は悪くありません。グリーグの弦楽四重奏のためのフーガ ヘ長調、ピアノ三重奏曲アンダンテ・コン・モートと、補筆完成されたもう1曲の弦楽四重奏曲との組み合わせです。
上海クァルテット
Shanghai Quartet
第1楽章は速いテンポで一筆書きのように駆け抜けます。遅くなる部分との対比もきちんと描き分けられていますし、演奏者個々の技術がしっかりしているので、安心して聴ける良さがあります。もう少したっぷりと聴かせてほしいと思うときもあり、比較的スイスイと進んでしまうのですが、この運動能力の高さは魅力です。終止部は感情がこもっていてなかなか良いと思います。打って変わって第2楽章は遅めの速度で旋律をよく歌い、表情豊かです。抒情性も十分に表出されており、この第2楽章は名演と思いました。第3楽章も良い出来です。グリーグの音楽のもつ愉しさ、躍動感、抒情性がよく表現できていると思います。ただ、私がこの弦楽四重奏曲に聴き飽き始めてしまったためか、それともこの演奏の録音が今一つのせいか、最後まで集中して聴くことができませんでした。第4楽章もこのクァルテットの表現力の高さを堪能できる演奏です。ころころと変わる曲想に完全に追従できている立派な演奏です。
前述のとおり録音は音がこもっていて分離が悪く明晰ではありません。録音が優秀だったら【お薦め】にしたでしょう。メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第2番との組合せです。
ヴェルターヴォ四重奏団
Vertavo String Quartet
【お薦め】
第1楽章は厳かに粛々とした序奏で開始されます。知らない弦楽四重奏団ですが、レコーディングできるということは一定水準を超えているということなのでしょう。第1主題の後に大きめに間をとって厳かに第2主題を演奏し、その後に徐々に盛り上がっている場面もやや表情がオーバーですが、未知の団体としてはこれくらいやってくれたほうがインパクトがあるというものです。その後もアグレッシブな演奏が続き、飽きることがありません。感情の込め方が半端ではなく、この曲の最も劇的な演奏のひとつと言いたいほどです。第2楽章も旋律がよく歌い込まれ、緩急の差を大きく設けられたドラマティックな演奏です。抒情的な部分がとても美しいです。第3楽章も堂々としています。この団体はこの四重奏曲の演奏経験が豊富なのでしょう。これを生演奏で聴いたらきっと感動したと思います。四人の技量も揃っていて、メロディの受け渡しにも違和感がありません。誰が目立つということがない演奏です。第4楽章も繊細に開始され、最初は抑え気味ですが、次第に豪壮な音楽となっていきます。これだけ聴かせてくれれば満足です。知らないクァルテットということで侮っていました。カロリー満点の演奏でした。
もう少し鮮明なほうが私の好みですが、雰囲気が良い録音です。ドビュッシーの弦楽四重奏曲との組み合わせ。