「東京クヮルテットのラスト・コンサートに行きます」と話したところ,「東京クヮルテットって,まだ日本人のメンバーがいるのですか?」「創設期のメンバーで残っている人はいるのですか?」「東京クヮルテットなのに日本ツアーって,おかしくないですか?」等の質問を受けました。それにどう答えたかは覚えていないのだけれど,この記事で回答を書きたいと思います。
彼らの熱心なファンとはいえない私ですが,書き留めておきたかったのです。なんだか,恥ずかしいのですけれど。
話は1965年に遡りますが,日光で室内楽の講習会(スポンサーはパン・アメリカン航空他)が開催され,12組の日本人カルテットが参加しました。その中には桐朋学園大学在学中の原田禎夫(vc)と原田幸一郎(vn)によるカルテットが含まれていました。
この講習会で,ジュリアード弦楽四重奏団のロバート・マンやラファエル・ヒリアーは,斎藤秀雄の教え子である原田らの技術の高さに目を見張り,渡米して本格的に室内楽を学んではどうかと誘ったそうです。
それがきっかけとなって、原田らはジュリアード音楽院にて,1969年9月に桐朋学園大学の卒業生4人によるカルテットを結成します。
【1969年-1974年】
原田幸一郎(第1vn)
名倉淑子(第2vn)
磯村和英(va)
原田禎夫(vc)
このカルテットは、結成の翌年(1970年)に「東京クヮルテット(Tokyo String Quartet)」という名前で難関のミュンヘン国際音楽コンクール弦楽四重奏部門に参加し、見事第1位を獲得します。日本ではどのくらいのニュースになったかわかりませんが,これは画期的な出来事であったと思います。
そして、その年の10月にニューヨークのタウンホールでデビューします。そのときのプログラムは、アルバン・ベルクの弦楽四重奏曲作品3、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第10番「ハープ」作品74、バルトークの弦楽四重奏曲第1番でした。
以降,東京クヮルテットはドイツ・グラモフォンと契約してレコーディングを開始するとともに、世界中で演奏するようになります。1973年には大阪フェスティバルホールでの帰国コンサートも成功させました。
このように書くと、東京クヮルテットは順風満帆でスタートしたように見えますが、必死で練習し、多くの演奏会をこなし続ける(しかし全然儲からない)という、かなりハードな毎日だったようです。
【1974年-1981年】
原田幸一郎(第1vn)
池田菊衛(第2vn)
磯村和英(va)
原田禎夫(vc)
最初のメンバー交代は、第2ヴァイオリンで、名倉淑子から2歳年下の池田菊衛に代わりました。これは予定されていたことで、他のメンバー同様、池田菊衛も桐朋学園大学卒業後にジュリアード音楽院で学び,東京クヮルテットの練習にも参加していましたので、スムーズに引き継げたようです。
世界屈指のカルテットに成長した東京クヮルテットですが、この時代の代表的な録音はDGへの最初のバルトーク全集でしょうか。
【1981年-1995年】
ピーター・ウンジャン(第1vn)
池田菊衛(第2vn)
磯村和英(va)
原田禎夫(vc)
4人の卓越した合奏力が求められるといっても、やはりカルテットの顔は第1ヴァイオリンでしょう。原田幸一郎の退団は衝撃的な事件でした。
東京クヮルテットは、20歳年下のカナダ人でジュリアード音楽院で学んだピーター・ウンジャンを第1ヴァイオリンに迎えることになります。
それにより、東京クヮルテットは、原田幸一郎時代の切れ込みの鋭い鮮烈なサウンドから、繊細で気品のあるピーター・ウンジャン時代へと変貌します。そう簡単には言い切れないけれど,まぁそんな感じです。
レコーディングに慎重であった東京クヮルテットに、ベートーヴェン弦楽四重奏曲全集(RCA)の録音を促すなど、ピーター・ウンジャンが果たした役割は大きく,実りの多い時代となりました。
【1995年-1996年】
アンドリュー・ドース(第1vn)
池田菊衛(第2vn)
磯村和英(va)
原田禎夫(vc)
東京クヮルテットの第2の黄金時代を築いたピーター・ウンジャンでしたが、残念なことに左腕の故障で演奏ができなくなり、退団を余儀なくされます。
元オルフォード四重奏団のリーダーであったアンドリュー・ドースが助っ人として参加し,急場をしのぐ中、東京クヮルテットは新しい第1ヴァイオリン奏者を探し続けます。
【1996年-2000年】
ミハイル・コペルマン(第1vn)
池田菊衛(第2vn)
磯村和英(va)
原田禎夫 (Vc)
高名なボロディン弦楽四重奏団の2代目第1ヴァイオリン奏者であったミハイル・コペルマンが東京クヮルテットに加わりました。
【2000年-2002年】
ミハイル・コペルマン(第1vn)
池田菊衛(第2vn)
磯村和英(va)
クライヴ・グリーンスミス(vc)
東京クヮルテットの現在と自分の将来を熟考した末、創設以来のメンバーの原田禎夫が退団を決意します。そして、新たなチェリストとしてイギリス人のクライヴ・グリーンスミスが加入します。
【2002年-2013年】
マーティン・ビーヴァー(第1vn)
池田菊衛(第2vn)
磯村和英(va)
クライヴ・グリーンスミス(vc)
ミハイル・コペルマンが去り、トロント弦楽四重奏団の第1ヴァイオリンであったマーティン・ビーヴァーが入団します。
再び安定し充実した演奏を取り戻した東京クヮルテットでしたが、池田菊衛と磯村和英が退団することになりました。
池田と磯村に代わる新たな第2ヴァイオリンとヴィオラを探し出すのは不可能とのことで、東京クヮルテットは2013年に活動を終えることになりました。
【おさらい】
第1ヴァイオリン
1969年-1981年 原田幸一郎
1981年-1995年 ピーター・ウンジャン
1995年-1996年 アンドリュー・ドース
1996年-2002年 ミハイル・コペルマン
2002年-2013年 マーティン・ビーヴァー
第2ヴァイオリン
1969年-1974年 名倉淑子
1974年-2013年 池田菊衛
ヴィオラ
1969年-2013年 磯村和英
チェロ
1969年-2000年 原田禎夫
2000年-2013年 クライヴ・グリーンスミス
ピーター・ウンジャンの左腕の故障が悔やまれます。カルテットを維持していくのって,本当に大変なことなのですね。
さて,コンサートの予習用として聴いた東京クヮルテットのCDです。
ベルク:弦楽四重奏曲 Op.3
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第10番変ホ長調 Op.74「ハープ」
バルトーク:弦楽四重奏曲第1番 Op.7
東京クヮルテット
原田幸一郎(第1vn)
名倉淑子(第2vn)
磯村和英(va)
原田禎夫(vc)
Hanssler 1971年5月11日ライヴ(シュヴェツィンゲン城)
先に書きましたように,東京クヮルテットは,1970年のミュンヘン国際コンクールで優勝し,ニューヨークでデビューしています。このCDはその翌年のライヴですが,デビューリサイタルと同じプログラムなのが嬉しい貴重な録音です。今回聴いた中では最も感銘を受けました。若いって素晴らしい!
バルトーク:弦楽四重奏曲全曲
東京クヮルテット
原田幸一郎(第1vn)
池田菊衛(第2vn)
磯村和英(va)
原田禎夫(vc)
Deutsche Grammophon 1975~1980年録音
バルトーク生誕100年記念に、ドイツ・グラモフォンが制作した全集です。ワシントンのコーラン美術館貸与のアマティを使用して演奏しているそうです。なお,第1ヴァイオリンがピーター・ウンジャンの1993~1995年の録音もあります。
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲全曲,他
東京クヮルテット
ピーター・ウンジャン(第1vn)
池田菊衛(第2vn)
磯村和英(va)
原田禎夫(vc)
ピンカス・ズッカーマン(va:Op.29)
RCA 1989~1992年の録音
結成20周年を記念して世界各地でおこなわれたベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会と並行して行われたセッション・レコーディング。ピアノ・ソナタ第9番から編曲された弦楽四重奏曲ヘ長調 Hess.34と、ズッカーマンと共演した弦楽五重奏曲の2曲が収録されています。格安BOXなので是非!
オンライン・ショップによっては,東京クヮルテットと東京クァルテットのどちらかにしか出て来ないCDがありますので要注意です。
武満徹:ア・ウェイ・アローン(1981)
バーバー:弦楽四重奏曲作品11(1936)
ブリテン:弦楽四重奏曲第2番ハ長調作品36(1945)
バーバー:歌曲「ドーヴァーの渚」作品3
東京クヮルテット
ピーター・ウンジャン(第1vn)
池田菊衛(第2vn)
磯村和英(va)
原田禎夫(vc)
マリリン・ホーン(Ms)
RCA 1992年,1994年の録音
武満徹の「ア・ウェイ・ア・ローン」は、東京クヮルテット創立10周年記念委嘱作品です。バーバーの弦楽四重奏曲は、第2楽章が「弦楽のためのアダージョ」の原曲。なお,新しく出たCDには,ボーナス・トラックとしてバーバーの歌曲「ドーヴァーの渚」が収録されています。
第1ヴァイオリンがマーティン・ビーヴァーのCDは持ってません(汗)
いや,そのうち買います。すみません。
冒頭に書きましたとおり,コンサートにも行ってまいりました。
2013年05月16日(木) 19時開演
東京オペラシティ コンサートホール
東京クヮルテット Tokyo String Quartet
マーティン・ビーヴァー Martin Beaver(第1vn)
池田菊衛 Kikuei Ikeda(第2vn)
磯村和英 Kazuhide Isomura(va)
クライヴ・グリーンスミス Clive Greensmith(vc)
曲目:
ハイドン:弦楽四重奏曲第81番ト長調「ロブコヴィッツ」作品77-1
コダーイ:弦楽四重奏曲第2番 作品10
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 作品131
(アンコール)
モーツァルト:弦楽四重奏曲第20番「ホフマイスター」より第2楽章
ハイドン:弦楽四重奏曲第74番「騎士」より第4楽章
後で気がついたのですが,東京クヮルテットの日本のホームは「王子ホール」だそうで,そちらを聴きに行けばよかったのですが,ベートーヴェンを聴きたかったので「東京オペラシティ」を選んでしまいました。でも,王子ホールではバルトークの6番が聴けたんですよね。両方行けばよかったな。
なお,東京クヮルテットは,日本ではラスト・コンサートですが,その後も海外で演奏旅行が続きます。オファーが多いので,いつが最後の日になるのか,わからないみたい。
サインを頂きました♪