現代最高のピアニストのひとりであるクリスティアン・ツィメルマン(ツィマーマン、ツィンマーマン、ジメルマン、チメルマン)の新譜が輸入盤CDとLPは9月10日、国内盤は9月20日に発売されるようです。
でも、なぜか全然話題になっていないような気がします。
「レコード芸術」9月号のユニバーサル ミュージックの広告で確かめてみたのですが、小さく載っていました。
収録されているのは、2015~2016年のリサイタルでも弾いていた以下の曲。
シューベルト
ピアノ・ソナタ 第20番 イ長調 D959
ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D960
ピアノ・ソロでは、1991年8月のドビュッシーの前奏曲集(1991年8月録音)以来、なんと25年ぶりの録音で、録音場所は、新潟県柏崎市というのだから、驚きます。
25年ぶり……。そして、新潟県柏崎市!
これは心して聴かなければなりません!
今週はそのための予習をしました。
フランツ・シューベルト ピアノソナタ第20番 イ長調 D959
第1楽章 Allegro イ長調 4/4拍子
第2楽章 Andantino 嬰ヘ短調 3/8拍子
第3楽章 Scherzo: Allegro Vivace – Trio: Un poco più lento イ長調 3/4拍子
第4楽章 Rondo. Allegretto-Presto イ長調 4/4拍子
細かい話ですが、「D959」は「ドイチュ959番」と読みます。「D」と「959」の間に「.(ピリオド)」を入れてる場合と入れてない場合がありますが、私が所有しているCDでは入れていないケースが多かったので、多数決に従いました。
以下、所有しているCDの紹介です。持っているのはせいぜい5枚だろうと思ったら、意外に多かったです。ホント、意外だ……。
①
ルドルフ・ゼルキン
1966年2月、ニューヨーク
今回8番目に聴いた演奏です。
クラシック音楽を聴き始めた頃、ゼルキンは、ベートーヴェン演奏の権威だと思っていました。ある本で「皇帝」や「ハンマークラヴィーア」の推薦盤がゼルキンだったからです。この演奏を聴き始めてしばらくは、これではまるでベートーヴェンではないかという思いが頭から離れませんでした。テンポも遅めで、今回取り上げているCDの中では一番遅いと思います。音色のせいもあり無骨なピアノで、自分は不器用なのでこういう弾き方しかできませんから、と言われているよう。でもその遅いテンポから滲み出てくるシューベルトの美しさは、時に瞑想的で、息をのんでじっと聴き続けてしまいました。
②
ヴィルヘルム・ケンプ
1968年、ハノーファー
今回6番目に聴いた演奏です。
ある日、シューベルトのピアノ・ソナタを聴いてみたいと思った私は、どうせ買うなら全集にしようと考え、ヴィルヘルム・ケンプによるシューベルト:ピアノ・ソナタ全集(7CD)を購入したのでした。それで、毎日繰り返し聴いたのですが、シューベルトのソナタの素晴らしさが、全く理解できなかったのです。それは聴く側の感性に問題があるのだろうということで、しばらくシューベルトのソナタは聴かないことにしました。その後、いろいろな演奏を聴くようになり、ケンプの演奏も久しぶりに聴いてみたのですが……、うん、やっぱりわからないです。録音のせいか、ピアノが強音でキャンキャン鳴るのがちょっとつらい、かも。
③
リチャード・グード
1978年5月、ニューヨーク
今回5番目に聴いた演奏です。
ブロ友であるnemo2さんが教えてくれた演奏です。持つべきものはブロ友さん。それまでリチャード・グードというピアニストは、名前は知っていても聴いたことがありませんでした。教えていただかなかったら、一生聴かなかったかもしれません。
これが実に良かったのです。今回はどうかな?と思ったのですが、やっぱりこれは好きな演奏です。ピアニズムのようなものは感じられなくて、ピアノの音なんかあまり綺麗じゃないのですが、だからでしょうか、シューベルトの音楽がストレートに心に響いてきます。見た目は取っつき難そうだけれど、話してみたら佳い人だったという感じでしょうか。結構、感興の赴くままに弾いているのですが、作為を感じさせない自然さが美点でしょう。
④
クラウディオ・アラウ
1982年8月、ラ・ショー=ド=フォン
今回2番目に聴いた演奏です(ABC順なのです)。
これだ、と思いました。このような演奏を聴いて、私はこの曲が好きになったのです。こういう演奏ならこの先いろいろ聴き比べができるとほっとしました。アラウの演奏はがっしりというか、骨組みがしっかりしています。その中で、自然に表情を付けてくる。それが本当に微妙な匙加減で、けして行き過ぎることがない。うまく表現できませんが、何度聴いても飽きることがない演奏だと思うのです。ただ、録音はもう少し残響がないほうが好みです。
⑤
マウリツィオ・ポリーニ
1983年12月、ウィーン
今回7番目に聴いた演奏です。
ポリーニというピアニストに対する評価は、好き嫌いがはっきり分かれますよね。私はどちらかといえば、ポリーニは好きな演奏家に属するのですが、このシューベルトを聴いて、この曲に新たな美を見出したりもし、それなりに新鮮ではあったのですが、じゃあこれを他人に推薦するかというと、しないと思います。本能的に、これは違うと感じました。でもこのCDは、評論家の支持がかなり高いのですよね。一巡して二回目に聴いたときも、基本的なテンポの設定とか、微妙な揺れとか、終始違和感が拭えなかったのですが、聴き進めるうちに、これはこれでありかな?とも思うようになりました。ポリーニのピアノに説得されたという感じです。
⑥
アルフレート・ブレンデル
1987年12月、ノイマルクト
今回4番目に聴いた演奏です。
モーツァルトやシューベルトはブレンデルの録音を選べば間違いないと信じていた時代(中学生の頃)がありました。それは間違いではないのだけれど、でも、ブレンデルが好きだという人は、今までに会ったことがないような気がします。
このD959は、一言でいえば「完璧」でしょうか。ディナーミク、アゴーギク、ピアノの音(ベーゼンドルファー?)、その他、録音に至るまで、理想的なピアノです。洗練美の極致です。久しぶりに聴いて感動したのですが、なんだろう、でもやっぱりどこか近寄りがたいというか、壁みたいなものを感じなす。シューベルトにしては、といったら失礼ですが、立派過ぎないか?とも思います。
⑦
ホルヘ・ボレット
1988年2月、ロンドン
今回3番目に聴いた演奏です。順序は大切です。
アラウとボレットを比べると、ボレットはさらに表情豊かで、ピアノで歌っているようです。弾いているピアノはベヒシュタインなのかボールドウィンなのかわかりませんけれど、美しい音色で、うっとりと聴き惚れます。一言でいえば、大変わかりやすい演奏で、D959を初めて聴く人はこのCDから入るのがよいかもしれません。
久しぶりにこのピアニストの演奏を聴いて、一時期、ボレットの残した録音を全て集めようとした日々を思い出しました。それぐらい好きなピアニストだったのです(なぜか過去形)。
⑧
クリスティアン・ツァハリアス
1992・1993年、リーエン
今回、9番目に聴いた演奏です。
ツァハリアスのシューベルト、ピアノ・ソナタ全集は、購入した当時はあまり良い演奏だとは思えなくて、その後聴かなかったのです。耳も肥えてきた9番目ですから、あまり期待しないで渋々聴いてみたら、これが良かった。過去の私は、なぜこの演奏を良いと思わなかったのだろう。シューベルト晩年(といってもたった31年9ヵ月の生涯)のピアノ・ソナタは、どこか深刻な風が吹いているのだけれど、ツァハリアスの演奏は、それを吹き飛ばして、明るく美しく奏でています。だから、聴く方もあまり構えずに、リラックスしてシューベルトの音楽を楽しむことができます。こんな演奏があってもいいんじゃないかと思います。
⑨
内田光子
1997年5月、ウィーン
ブレンデル盤を「完璧」と言いましたが、内田盤は「パーフェクト」です。意味は変わらないのですが、ブレンデル盤はピアノが完璧、内田盤はピアノも表現もパーフェクトです。満点です。シューベルトと一体化していて、どこまでが内田でどこからがシューベルトか境が無い感じです。音だけでオーラを放っているように感じられます。こんな演奏が出現してしまったら、後から続く人はやりづらいだろうと思います。内田さんのシューベルトが登場したとき、評論家さん達は皆絶賛していたと記憶していますが、最近は名盤ランキングが落ちているのはなぜでしょう。あまりに真剣過ぎるので、気楽に聴けないからでしょうか。
⑩
レイフ・オヴェ・アンスネス
2001年8月、ロンドン
今回、最初に聴いた演奏です。
私はアンスネスというピアニストが好きで、とりわけヤナーチェクとニールセンのアルバムとか、ブリテンとショスタコーヴィチの協奏曲を愛聴しています。それで、このD959なのですが、アンスネスの技巧をもってすれば全く問題なく、コロコロした美しい音色でサラサラと流れるように弾き進めています、が、一回目に聴いたときは、これから聴く演奏が皆こんな調子だったら、今回の記事は早々に挫折しただろうと思いました。ところが、一巡して二回目に取りかかったとき、今度は素晴らしい演奏に聴こえました。不思議です。これに比べると、ゼルキンやケンプの演奏がゴツゴツした肌ざわりに思えるくらい流麗で、多彩な音色を駆使して表情豊かに弾き上げています。でも、このCDは最初に購入すべきではないかも。
⑪
クリスティアン・ツィメルマン
2016年1月、新潟県柏崎市
さぁ、どうなんでしょう? まだ発売されていません。