くどいようですが、クリスティアン・ツィメルマンの新譜が発売されます。
でも、もう届いてしまいました。残念ながら予習が間に合いませんでした。
フランツ・シューベルト
ピアノソナタ第21番 変ロ長調 D960
第1楽章 Molto moderato 変ロ長調 4/4拍子
第2楽章 Andante sostenuto 嬰ハ短調 3/4拍子
第3楽章 Scherzo, Allegro vivace con delicatezza - Trio. 変ロ長調 3/4拍子
第4楽章 Allegro ma non troppo - Presto 変ロ長調 2/4拍子
シューベルトは、1828年11月19日に亡くなったのですが、D960は1828年9月に作曲された最後のピアノ・ソナタということになっています。
聴き比べですが、D959以上にD960はCDが多かった!
さすがに6日間で全部聴くのは無理でした。
①
クララ・ハスキル
1951年6月
クララ・ハスキルは、モーツァルトのピアノ協奏曲や、グリュミオーとのモーツァルトやベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ等が今も愛聴され続けていると思いますが、得意なレパートリーのひとつに、シューベルトのD960がありました。PHILIPSによる録音が残されていますが、モノラルながらハスキルの粒立ちのよい美しいピアノを堪能することができます。この時代にD960が録音されるのは珍しいと思いますが、ハスキルの演奏は一生懸命この曲の魅力を伝えようとしているかのようです。テンポは早めで、D960の一番短い演奏時間ではないでしょうか。第4楽章のスピード感は爽快ですが、ハスキルのテクニックは鮮やかなものです。
②
ヴィルヘルム・ケンプ
1967年1月、ハノーファー
前回、ケンプが弾く第20番イ長調 D959をあまり(というか全然)褒めなかった私ですが、これを聴いて目から鱗です。演奏者も楽器も録音も全然違います。本当にケンプの演奏かと、何度か確かめてしまいました。これが本当に素晴らしいシューベルトで、思わず、この曲をこの演奏で聴いているこの瞬間以上に充実した時間は考えられないとまで思ってしまいました。ケンプにシューベルトが乗り移って弾いているようです。演奏者の存在を感じさせず、音楽の素晴らしさだけが伝わってくる、というのは飲め言葉になっていないかもしれませんが、素直に感動しました。
③
クリフォード・カーゾン
1972年9月、オールドバラ
カーゾンは、レコーディングが嫌いな割には相当量の録音がDECCAに残されていますが、得意なレパートリーであるシューベルトも何点か録音されています。カーゾンのダンディズムが発揮された、平たく言えば、かっこいい、男前のシューベルトです。シューベルトの音楽の魅力を最大限に発揮するよう考え抜かれた演奏でしょう。
④
スヴァヤトスラフ・リヒテル
1972年8-11月、ザルツブルク
リヒテルが残した録音で最も多いのがベートーヴェン、その次がシューベルトのようです。私が言うまでもなく、シューベルトはリヒテルにとって重要なレパートリーでした。中でもこの録音は最も有名なもので、D960の決定盤として名高いものです。結局、今回一番最後にこれを聴いたのですが、異形の名盤という感想を持ちました。これを初めて聴いたときは、これはすごいと圧倒Sれたのですが、年齢を重ねるにつれ、癒されたいという気持ちも強くなったということなのでしょう。
⑤
ルドルフ・ゼルキン
1975年9月、ギルフォード
他の名ピアニスト達による流麗な演奏に比べると、使用している楽器の音色のせいもあり、ゼルキンは古武士という印象です。言い換えれば、ゴツゴツとした肌ざわりで、やはりベートーヴェン的に聴こえます。それが悪いというわけではなくて、一音一音を大切にする弾き方は、味わい深いものがあります。他の流麗な演奏に比べると無骨かもしれませんが、ゼルキンのシューベルトは好きです。
⑥
リチャード・グード
1978年5月、ニューヨーク
やっぱりグードのシューベルトは良いですね。バランス感覚が優れていると思います。力の抜き加減というか、力まない、もったいぶらない、深刻になり過ぎない、それでいて軽すぎない、というところでしょうか。このような演奏であれば、繰り返し聴くことができますね。
⑦
クラウディオ・アラウ
1980年5月、ラ・ショー=ド=フォン
アラウの演奏はしっかり構築されているという印象があります。がっしりという感じではなく、端正に一音一音に注意を払い、かつ自然に弾いています。D960は新しい録音になるにつれ、表現が細やかになっていきますが、アラウの演奏を聴くと、ほっとします。声高に主張する演奏ではありませんが、不思議な説得力があります。
⑧
マウリツィオ・ポリーニ
1987年6月、ミュンヘン
ポリーニのシューベルトは、他の人と違います。違うといえば、みんな違うのですが、ポリーニだけ向いている方向が異なるような気がします。これは賛否が分かれるでしょう。個人的には、ポリーニの技巧によって曲を理解した部分もあるので、否定したくないのですが、ちょっとシューベルトと違うような気もします。もう一度聴いてみたい演奏です。
⑨
アルフレート・ブレンデル
1988年7月、ノイマルクト
第20番 イ長調 D959の記事で、ブレンデルの演奏は「完璧」と書いてしまったのですが、この演奏にはなぜかあまり心惹かれません。ブレンデルは、引退のフェアウェル・コンサートでもD960を弾いていますから、この曲を知り尽くしているのでしょうし、自信もあるのでしょう。でも、これを聴いている間、曲が長いと感じてしまいました。これも、もう一度聴き直したい演奏です。
⑩
クリスティアン・ツァハリアス
1992・1993年、リーエン
このソナタは演奏者の味付けが過剰でない、自然な演奏が良いと信じ込んでいましたが、ツァハリアスの演奏を聴くと、そうでもないと考えを改めざるを得ません。この演奏を聴いているとワクワクします。ツァハリアスは感興の赴くままに弾いているのですが、それが私のフィーリングに合うのでしょうか、少しも嫌ではなく、気分が晴れ晴れとします。シューベルト最晩年の作品だからといって、孤独、寂寥、諦念、他の演奏で聴かれるように深刻過ぎるのも問題なのでしょう。シューベルト自身はまだまだこれからだと思っていたでしょうから。
⑪
エリーザベト・レオンスカヤ
1997年2月、ベルリン
持っているCDは少ないですが、レオンスカヤは好きなピアニストです。シューベルトの演奏が高く評価されていた人ですが、某HMVでは、レオンスカヤのシューベルト6枚組がなんと1,090円で販売されています。各オリジナル・ジャケット仕様ですし、アルバン・ベルクQとの「ます」も入っているので超お買い得です。旧ソ連のピアニストというと技巧が立つというイメージがありますが、レオンスカヤは音楽をじっくり聴かせてくれるタイプの人。このシューベルトも自然体で、全く作為を感じさせません。地味という評論家もいらっしゃいますが、シューベルトに期待するものが違うのでしょう。
⑫
内田光子
1997年5月、ウィーン
D959の記事で「パーフェクト」という言葉を使いましたが、このD960の第1楽章と第2楽章に関しては、これ以上の演奏はないと信じます。ピアノという楽器は、かくも繊細な表現が可能な楽器であったのかと認識を新たにしました。圧巻です。これ以上、書くと演奏を損ねるような気がしますので、このぐらいで終わりにします。
⑬
レイフ・オヴェ・アンスネス
2004年9月、サフォーク
今回も一番最初に聴きました。アンスネスは相変わらず巧いです。でも、正直言って、あまり惹かれなかったです。洗練され過ぎているのかもしれません。同じ印象はD959を聴き比べたときにも感じていたのですが、D960ではもう少し何かが、シューベルトに対する共鳴(シンパシー)のようなものがないと、美麗なピアノで終わってしまうかも、です。
⑭
高橋アキ
2007年7月、三重
高橋アキさんば、現代音楽のスペシャリストであり、日本が誇る名ピアニストなのですが、そのレパートリーゆえに、あまり聴かれていないかもしれません。その高橋アキさんがシューベルトを録音すると知って驚き、すぐCDを購入したのが2007年09月20日、月日が経つのは早いものです。今回聴き直してみて、第1楽章までは深い呼吸でゆったりとしている演奏かな程度の印象だったのですが、第2楽章途中から、はっと気づきました。この演奏は、まず技巧の点で他の全てのCDに勝るとも劣らない、ピアノの音色は最も美しい、そして、シューベルトの音楽を最も私心なく演奏している、ということに。高橋アキさんのシューベルトは全部入手しなければならないと決意を新たにしました。でも高いのです(定価3,024円)。なお、用いたピアノはベーゼンドルファーのモデル290インペリアルだそうです。
⑮
マリア・ジョアン・ピリス
2011年7月、ハンブルク
この演奏は2度聴いてみました。けして悪くないのですが、あえてこのCDを選ぶ理由が見つからなかったのです。短期間でこれだけの枚数を聴くと、私の中に「飽き」が生じますから、ピリスならではの、特別な何かを求めたくなります。
⑯
クリスティアン・ツィメルマン
2016年?月、新潟県柏崎市
聴いてみました。
第1楽章は、第1主題、第2主題がバランスよく奏でられます。第1主題の優しさ、暖かさ、平穏さは特筆ものでしょう。展開部の切迫感は息をのみます。そしてシューベルトのメロディはやはり美しい。ここぞというときの打鍵は力強く、表現の幅は自然と広くなります。第2楽章も全体に暖かな響きです。中間部の細やかな移ろいも洗練の限りを尽くしています。厳かな部分の敬虔さと求心力もツィメルマンならではのもの。第3楽章のスケルツォは僅かに遅めのテンポを採り、細部の彫刻を見せつけます。短いトリオも絶妙です。全体に柔らかで春の陽射しを浴びている気持ちになります。第4楽章は、なかなかユニーク。フランスの音楽、ドビュッシーを聴いているみたい。それがベートーヴェンになったりもします。でもそれはまぎれもなくシューベルトの音楽。この楽章でも温もりを感じさせる暖かい音楽になっています。メロディの浮き上がり方も絶妙です。全体を通して、ツィメルマンが楽譜から曲の美しさ、素晴らしさを十全に引き出していることは疑いなく、強くお薦めしたいと思います。もう少しデモーニッシュなものを期待する方にはリヒテル盤がよいと思いますが、より普遍的であるのはツィメルマンでしょう。レコードアカデミー賞、狙えるかな?