仕事が忙しすぎて文章を書いている時間がないです……。
でも、シューベルトを続けます。
選曲の傾向からすると、次は弦楽四重奏曲になりそうな雰囲気ですが、今回はあえてピアノ曲に戻ろうと思います。
しかし!
記事の下拵え(演奏者名と録音年を書いてジャケット画像の準備)を済ませ、先週の月曜日から聴き始めたのですが、いくつか聴いたところで、これは感想を書けない(!)と判断しました。
大変有名な曲なのですが、これは本当にシューベルトの傑作なのだろうか?と疑い始めてしまったので、思い切って書きやすそうな「別の曲」にすることにしました。この曲です(↓)
フランツ・シューベルト
幻想曲ハ長調 D760「さすらい人」(さすらい人幻想曲)
第1楽章 Allegro con fuoco ハ長調 4分の4拍子
第2楽章 Adagio 嬰ハ短調 2分の2拍子
第3楽章 Presto 変イ長調 4分の3拍子
第4楽章 Allegro ハ長調 4分の4拍子
(↑楽譜付きで聴くと面白いです!)
(↑ブレンデルの演奏。これはとても素晴らしいです)
全四楽章といっても、四つの曲に分かれておらず、切れ目なしに演奏される一つの曲(単一楽章)であることはご存知のとおりです。
ピアノ・ソナタに分類している本もありますが、そうでないことのほうが多いみたい。かといってピアノ小曲でもないですね。約20分ぐらいの曲ですから。
「幻想曲」という名前は、シューベルト自身ではなく、出版社が付けたのだそうです。「ピアノ・ソナタ」では売れないからというのが理由だとか。
そして「さすらい人」という副題が付いていますが、古今の名曲から拝借すると「ジュピター」「英雄」「皇帝」「ハンマークラヴィーア」というイメージの曲です。
いつもどおり所有音源の感想を書いてみますが、〇〇〇の演奏は△△△の難所が弾けていないとか、そういう技術的なことは書けないのです。いつも通り、聴いたままのイメージを思いつくままに書くだけです。
スヴィヤトスラフ・リヒテル
1963年2月、パリ
私が初めて聴いた「さすらい人幻想曲」は、このリヒテル盤でした。ドヴォルザークのピアノ協奏曲(指揮はクライバー)の余白に収められていたのです。正直、ドヴォルザークのコンチェルトより、シューベルトの「さすらい人幻想曲」のほうに心が惹かれました。シューベルトの作品にしては(非常に)技巧的な曲なのですが、リヒテルの技術をもってすれば、大したことないのでしょう。この技術があればこその表現力は自由自在、変幻自在で、ベートーヴェン的であり、ショパン、シューマンのようであり、リストであり、でもやっぱりシューベルトでした。そだけリヒテルの表現力が豊かであるという証で、この曲の「幻想曲」というタイトルに最もふさわしい演奏です。異様な集中力をもって弾いており、聴く方も緊張を強いられるので、繰り返し聴くのはしんどいでえすが、とにかく名盤です。仏ACCディスク大賞受賞。
ヴィルヘルム・ケンプ
1967年8月、ハノーファー
ケンプの全盛期は1950年代(55~65歳?)であったそうですが、それ以降のケンプだと、難しい曲で技術が気になるときがあります。この曲のパッセージ等でもう少し指が回ってくれたらと、もどかしさを感じてしまう。そういうことを気にする人は最初からケンプを聴かなければいい。こういう曲でもケンプのこの頃の長所を聴きとれる素晴らしい瞬間があるので、それを楽しめばよいのでしょう。
ペーター・レーゼル
1971年
だいぶ以前のこと、ブラームスのCDを蒐集していたときがありましたが、ピアノ独奏曲はレーゼルが一番でした。価格が安かったし、何よりも演奏が素晴らしかったです。それからレーゼルのCDを集め始めたのですが、バラで買っても後で廉価ボックスが出てしまう(ブラームスの5枚組は3,092円なのです。しかし、レーゼルの芸術 独奏曲編は13枚組+ボーナスCD付きで3,844円であり、その中にブラームスの5枚が含まれているのです。どちらがお得かすぐわかりますね?)さらに高音質が謳い文句の国内盤が発売されたてして、どれを買ったらよいのかわからなくなりました。これからレーゼルを集める皆さんは、迷わず「レーゼルの芸術」を購入してください。
前置きが長くなりました。この演奏ですが、レーゼルは1945年生まれですから、26歳のときの録音となります。旧東ドイツを代表するピアニストであったレーゼルの若き日の記録。久しぶりに聴いたレーゼルは、やっぱり素晴らしかった!
「さすらい人幻想曲」のCDはレーゼルが「一番」です。どこから褒めたらよいのか迷いますが、まずノリがよいということ。聴き比べをしていると、あまり共感を抱かずに弾いているのではないかと疑ってしまう演奏もあるのですが、レーゼルのピアノからは、表現意欲がひしひしと伝わってきます。ピアノを弾くのが楽しくてしかたがないという感じ。押しつけがましくないピアノで、ある意味堅実なのかもしれませんが、シューベルトの場合はそれが長所になります。テクニック的にも万全で、とにかく聴き手の欲求を満たしてくれる演奏です。
録音も古さを全く感じさせません。好きなピアノの音です。
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)
1973年11月、ローマ
ポリーニがDeutsche Grammophonに移って、あの衝撃的な「ペトルーシュカ」他を録音したのは1971年、その2年後の「さすらい人幻想曲」の録音で何枚目なのかわかりませんが、最もポリーニが注目されていた頃でしょうか。このCDもレコード芸術の名曲名盤500で堂々の第1位です。
しかし、第1楽章が終わった時点で、これでは好みではないという感想を持ちました。まず、テンポがちょっと遅い。これでは派手な外見の空虚な音楽みたいです。ただ、弱音になると、詩情が漂って、そういうときは良いと思うのですが、ダイナミックレンジが広いので、やかましい曲に聴こえます。
ところが第2楽章では、一転してポリーニの長所が発揮され、なんとも言えない美しい音楽が繰り広げられます。これこそシューベルトだと思います。おそらくこの曲のすべての録音の中で、最美の演奏ではないかと。この第2楽章だけでも聴く価値はあります。
エリーザベト・レオンスカヤ
1988年9月、ベルリン
1945年生まれ(レーゼルと同じ年)のレオンスカヤは、旧ソ連で教育を受けたピアニストですが、1978年にウィーンに移住しています。だからというわけではないのでしょうけれど、レオンスカヤのシューベルトは、シューベルトらしいシューベルト。自然です。
この演奏を何度か聴いて、これが最も万人向けの演奏かもしれないと思いました。私がこの曲を弾けるとしたら、このように演奏したいと思います。これを聴けば、レオンスカヤがどれほど確実なテクニックを持っているかがわかります。曲の解釈も堅実なのですが、それらがプラスに働いて、聴き応えがある演奏となっています。あまりに気持ちの良い演奏なので、集中力をもって聴かないと、いつの間にか曲が終わっているということもありましたが、このCDもお薦めです。
アルフレード・ブレンデル
1988年7月、ノイマルクト
思ったより若々しい演奏ですが、やっぱりブレンデルは巧過ぎます。ちっともこの曲が難しく聴こえないです。人間、一生懸命な姿に感動するものです。こんなにスイスイ弾かれると、身が引いてしまい、心が惹かれるものが少なくなります。簿妙な感情の機微の表現などさすがと唸らせますが、あまりに完璧過ぎると親しみを感じないということもあります。YouTubeの演奏は大変素晴らしいのですが……。
イリーナ・メジューエワ(ピアノ)
2011年4月、6月、富山県魚津市
メジューエワの新譜は次から次へと発売され、いずれもレコード芸術で「特選盤」となります。私も一時期メジューエワに入れ込んでいましたが、本当にメジューエワの演奏は良かったのか、自信がなくなりつつある今日この頃です。良い機会なので聴いてみました。そして、なるほどと思いました。はっとさせる、魅惑的なときがある。そこに人は惹かれるのでしょう。メジューエワとレオンスカヤ(どちらもモスクワで学んでいる)を比べると、やはりレオンスカヤのほうが心技共に一枚も二枚も上手という感じがしないではありません。メジューエワ、けして悪くないのですが、曲への共感が僅かに足りないような気もするのです。